ミクシィ復活をけん引し、現在は複数の企業の取締役やアドバイザーのほか、スタートアップ投資活動(Tokyo Founders Fund)など、幅広い活躍をつづける朝倉祐介さん。そうした多面的な経験をベースに築かれた経営哲学をぎゅっと凝縮した初の著書『論語と算盤と私』が10/7に発売となりました。発売を記念し、本書で取り上げた経営テーマに即してさまざまな分野のプロとのリレー対談をお送りしていきます。
初回のお相手は、究極のリーダーとして朝倉さんがもっとも尊敬するひとり、元サッカー日本代表監督の岡田武史さんです。日本代表、Jリーグで指導者として突出した実績を残されたほか、2014年11月からは新たな挑戦として、四国地域リーグ「FC今治」のオーナーとなって、理想のチームづくりと、世界で勝てる「型」を意識したプレーモデルとそのトレーニングメソッドである「岡田メソッド」構築にも取り組んでいらっしゃいます。
リーダーシップに必要な「開き直り」に至るまでの無心、覚悟の必要性について、痺れるようなご経験とともに伺った前編に続き、この後編では、スポーツと経営に共通するリーダーの矜持について議論が広がります。『論語と算盤と私』に収録した内容を、ここではおふたりのナマのやりとりのまま一部だけダイジェストとして紹介します!12日公開の前編につづき、後編をお送りします!(写真:疋田千里)
勝つサッカーか、自分たちのサッカーか?
両方追わなきゃいけないから難しい
朝倉 サッカーの監督は、まず目の前の試合に勝つことを求められますよね。同時に、そのクラブチームの中長期的な強化を考えると、たとえば選手の起用・教育ひとつとっても施策が矛盾したりトレードオフが起こる場合がありませんか。
岡田 監督としてどこまで権限を与えられるかで違って、たとえばイギリスの監督はチームマネジャーと呼ばれて全権が与えられます。ある程度長いスパンでクラブをどうしていくか、戦力補強のお金の使い方なども含めて監督に一任されます。ところが日本の監督というのはあくまでヘッドコーチであって、中長期の発展については任されていないから、将来に向けてアドバイスや意見は言うけれど、そこに責任を持って取り組んだことはないですね。イギリスのように全権を託されれば、なんらかのトレードオフはあるのかもしれない。
今のFC今治ではオーナーとして経営全般を見ながら、今年からはCMO(チーフ・メソッド・オフィサー)としてトップチームのベンチに入って吉武博文監督とともに指導もしているので、中長期の施策と、短期の勝負をそれぞれ別個に見ている感じです。トップチームは今年是が非でもJFL昇格を必達目標として、選手もかなり入れ替えて集中して取り組んでいます。オーナーとしては、攻撃的ポゼッションサッカーのプレーモデルを整理してトレーニングメソッドまで開発している「岡田メソッド」の仕上げや、野外体験などのアースランド事業、海外グローバル事業など手を広げてしまったから、それらの経営を全部見つつ、街全体を盛り上げる今治モデルというシステムをつくり上げているところです。
朝倉 サッカー協会の副会長にも就任されましたね。
岡田 経営の経験から、サッカーをやる人がいて初めて協会があるというスタンスを作るのが仕事と思っています。協会の仕事が楽になるためではなく、お客様目線でサッカー仲間が求めていることをやるように改革しようと思っています。おかげで60歳を目前にして人生で一番忙しい時を過ごしています。
朝倉 目の前の試合に勝つというミッションと同時に、もっといい指導者になりたいという個人の欲もお持ちではないかと想像するのですが、その最適バランスというのはどういうものでしょうか。私自身、いい会社やいい事業を作らなければという気持ちの横で、もっといい経営者やリーダーになりたいと思っていました。そのせいで意思決定がぶれることはないけれど、主従関係が逆にならないようあるべきバランス関係を模索しています。
岡田 基本的には、それは両方追わなきゃいけないと思っています。
以前、ダライ・ラマ14世にお会いしたときに「お坊さんには怒りや憎しみがないのですか」と嫌味なことを聞いたら「私も人間ですから、怒りや憎しみはあります。でも、それをコントロールできないといけない」とおっしゃった。そのときに、あ、素晴らしい人間と怒りや憎しみのある人間というのは対極じゃないんだと思ったんですよね。だから、僕らも理想の指導者になりたいと常に思っているけれど、やっぱり目の前の勝負には勝たなきゃいけない。
別のたとえ話をすると……地球の両極がカチンコチンに凍ったり赤道が暑くなりすぎないように、大海流が地球の気温を循環させているといいますよね。大海流に乗るのはものすごく大事なことで、これを自分の理想の指導者になる道だとする。でも、海の上で嵐に遭うこともあるわけでしょう。大海流に乗って大海原に出たら、嵐が来て帆をたたんで凌がなきゃいけないときもある。両方やらなきゃいけないんだと思うんだ。俺は大海流に乗るんだと沈んでしまってはいみがないから。
それこそ、「勝つサッカーか、自分たちのサッカーか」なんてよく言うけど、どちらかだけでいいなら、メチャクチャ簡単です。勝つだけでいいなら、相手をつぶしにかかる方策もいろいろあるけれど、そんなことは長続きしない。逆に、自分たちのサッカーができれば負けたっていいというなら、それはもっと簡単です(笑)。だから結局、両方追わなきゃいけないから大変なわけで。
朝倉 目の前の試合に勝ち続けるというサッカーの監督の役割と比べて、経営者は時間軸が長くなりますが、実際に経営をされてみて両者の違いや共通点をどのようにお感じですか。
岡田 長い目で社員をみるという点は、サッカーの監督とは違う点ですよね。どちらも決断するために腹はくくるけれど、社員を突き放すのは最後の最後の最後になりましたね。
一方で両者に共通して必要なのが、リーダーとして夢やビジョンを持っていることです。田坂広志さんにもよく言われましたが、自分が有名になりたいとか金持ちになりたいからではなくて、私利私欲のない志の高い山に必死になって登る姿を見せることが大事だと思います。人というのは聖人君子についてくるわけじゃない。必死な人の後ろ姿を見て、この人についていこうと思うわけでしょう。
今でも、自分が今どういう山に登っているのかと常に考えます。代表監督のときも考えたけれど、あのときは自分の選手、スタッフ、その家族、俺の家族をなんとか喜ばせて笑顔にしてやりたい、という思いだけだった。俺はどうしても、日本中のサポーターを笑顔にしてやりたい、という山には登れなかった。だってスタンドに行ったら、「オカちゃん、辞めろ!」ってヤジを飛ばされるから、うっせえな、この野郎と(笑)。俺がもっと大きな山に登ろうという度量があれば、もうちょっと勝てたと思う。これ、やっぱり器なんだと思ったな。
今取り組んでいるFC今治でも私心はまったくなくて、うちの選手、スタッフ、その家族、そして今治の支援をしてくれている人たちみんなを絶対笑顔にして喜ばせたい。ただそれだけの思いでやっている。自分が儲けようと思ったら、できないよね、どんどんお金がなくなっていくばっかりで(笑)。
経営でもサッカーでも、迷ったときや困ったときに
拠り所となるフィロソフィーの大切さを実感する
朝倉 二兎を追うということでいえば、経営においても、企業理念やミッションやフィロソフィーなど会社が実現しようと目指す姿がある一方で、存続しないと意味がないので利益を上げなければいけない。この両輪を回していくのが難しいと思うのですが、いかがですか。
岡田 そうですね。たとえば、いろいろな儲け話が舞い込んでくるけれども、うちは金融商品などには絶対に手を出さない。利益を上げるには手っ取り早いかもしれないけれど、それはうちの企業理念、ミッションにそぐわないからやらない。
次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する
(1)より多くの人達に夢と勇気と希望、そして感動と笑顔をもたらし続けます
(2)国内だけでなく海外からも人が集まり活気ある街づくりに貢献します
(3)世界のスポーツ仲間との草の根の交流を進め、世界平和に貢献します
(4)全ての事業活動において地球環境に配慮します
岡田 ミッションステートメントの下にさらに、どういう会社でありたいという「プロミス」(非公表)を皆で意見を出し合ってつくって、社員のみんなに会社に対する約束としてサインしてもらったんですね。何か困ったときは、これをもう一遍読んでから判断してくれ、と。最初はみんな、「すごい、素晴らしいです」なんて言っているのだけど、だんだん忘れていく。ただし、何か起こったときに、どうするべきかと考える拠り所になるから、ミッションステートメントやプロミスというのはすごく大事なんだと、経営を始めて1年ちょっとですが改めて思いました。
サッカーのクラブには、より現場に近い感覚のフィロソフィーを掲げています。これは日本代表のチームで掲げていた内容をほぼ踏襲しています。
それぞれ少し説明しておきます。
(1)Enjoyは、サッカーを始めた時の喜びゴールをした時の感動を絶対に忘れてはいけない。日本代表選手ぐらいのレベルになると、子どもの頃から「俺にボールよこせ」と言っていた御山の大将が多いのですが、大人になると「今、ちょっとボールいらない」となってきます。ミスをしそうだからと守りに入るためです。でも、そんな姿勢でいてうまくなった選手は見たことがありません。ミスや相手を恐れず生き生きとプレーして欲しい。究極は監督の指示通りプレーするのでなく、自分の責任でリスクを冒すことだと言っています。
(2)Our teamは、「これは誰のチームでもない。自分たち一人ひとりのチームなんだ」という点を強調したくて入れました。会社だって、倒産しそうなときに「僕は経理ですから」と言ってる社員はダメでしょう。「キャプテンが何とかしてくれる」「監督が何とかしてくれる」ではなく、自分が何とかするんだ、このチームを!と思えるようにならないといけない。「教えてくれない」「育ててくれない」という人がいますが、人を育てるなんて簡単じゃない。本人が本気で変わろうとしない限り無理です。
(3)Do your bestは、読んで字のごとく、チームが勝つためにベストを尽くせ、という意味です。勝つことにこだわれ。勝つために全力を尽くして負けてもいいと言っています。
(4)Concentrationは、今できることに集中しろ、という意味です。勝負の鉄則として「無駄な考えや行動を省く」といわれます。考えても仕方がないことを考えてもしょうがない。負けたらどうしよう、なんて、負けてから考えればいいんです。ミスしたらどうしよう。そんなこと、ミスしてから考えたらいい。できることは足下にある。今できること以外にない。それをやらないと目標なんて達成できません。選手ができることといえば、日ごろのコンディション管理、集中した素晴らしい練習をすること、試合でベストを尽くすこと。
(5)Improveは、今を守ろうとせずに常にチャレンジしてもらいたい、という願いです。チャレンジしていくと、必ずそこにカベが現れます。甘い誘いもくる。でも、遺伝子にスイッチを入れるためにも絶対に諦めてはダメ。カベは邪魔するためじゃなく、本気さを試しに出てきている。本気なら必ずそのカベを乗り越えられる、と選手には言っています。スランプに陥ると「以前できたことができない」と言います。何のためにスランプになっているのか?ジャンプする前にしゃがむように、より高いところに行くためにスランプになっている。その時こそ前向きに自分が目指す高みを見ろと言います。
(6)Communicationは、互いを知るということ。選手とは飲まないといいましたが、互いを知り合うこと、気に懸けていると伝えることは大切です。たとえば選手がストレッチをしているときに「おい、お前のこないだのシュートすごかったな」とポッと言ってやる。すると、選手の顔がパッと明るくなります。チームに男が30人もいれば、みんな仲良しなんてあり得ません。「あいつとはソリが合わない」「どうも好かん」となるでしょう。でも、「どうも馬が合わんけど、あいつにパス出したら絶対決めよる」とか「どうも好かんけど、あいつに守らせたら絶対止めよる」、そんなふうにお互いを認め合うのがチームワークです。それで仲良しならもちろんもっといいです。認め合うには、自分を認めて貰う努力も必要です。一番の基本はあいさつだと思っているので、これは大事にしています。
多くの人に会って話を聞くことが
指導力につながる人間力を高める
朝倉 岡田さんはスポーツ以外も含めてさまざまな方と交流が広いですが、異分野の話は、サッカーの監督や今の経営に活きていますか。
岡田 興味を持つと、僕は相手が誰だろうがともかく「教えて」と言えるんです。フットワークはかなり軽い。相手が年下の監督で恐縮していても、俺は全然変なプライドはないから話を聞きたい。
具体的に役に立ったといえば、日本代表監督のときに、複数の人に聞いたいろいろな話が自分の中であるとき線になって繋がって、「日本人が世界で勝っていくには骨盤を締めるインナーマッスルを鍛えるべきだ」と思いついたことがありました。調べていくと、アメリカのアリゾナにアスリートパフォーマンスの向上について詳しい機関があって、すぐにコーチを派遣して契約し、代表チームで体幹トレーニングを始めた。その後ブームになって、長友(佑都選手・セリエA・インテルナツィオナーレ・ミラノ所属)が本まで出しちゃって(笑)。
このほかだと、具体的にこの話がここの役に立ったという事例はほとんどないですね(笑)。ただ、やっぱり人間力が指導力に直結すると思うから、そういう面では多くの人に会って話を聞くことが役に立っています。