ミクシィ復活をけん引し、現在は複数の企業の取締役やアドバイザーのほか、スタートアップ投資活動(Tokyo Founders Fund)など、幅広い活躍をつづける朝倉祐介さん。そうした多面的な経験をベースに築かれた経営哲学をぎゅっと凝縮した初の著書『論語と算盤と私』が10/7に発売となりました。発売を記念し、本書で取り上げた経営テーマに即してさまざまな分野のプロとのリレー対談をお送りしています。
今回のお相手はMistletoe(ミスルトウ)代表取締役CEO・孫泰蔵さん。ソフトバンクグループを創業した孫正義さんの実弟で、みずからもガンホー・オンライン・エンターテイメントなどの創業者として知られる起業のスペシャリストであり、若手起業家を支援する“兄”的存在でもあります。朝倉さんは起業に関心をもっていた大学在学中に聞いた孫さんの講演が強く印象に残っていて、ミクシィ時代に改めてきちんとお会いする機会があって感激したとか。この対談【上】編では、日本のエコシステムの急激な進化について伺っていきます。(構成:大西洋平、撮影:疋田千里)

「起業ごっこ」から始まってもいい!
試行錯誤しながらサービスインをめざせ

孫泰蔵(そん・たいぞう)さんプロフィル/1972年佐賀県生まれ。東京大学在学中の1996年、Yahoo! JAPANの立ち上げに参画し、コンテンツ制作やサービス運営をサポートするインディゴ株式会社を設立、代表取締役に就任。1998年にはガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社の前身となる、オンセール株式会社の設立に参画、代表取締役に就任。2009年、スタートアップ・アクセラレータMOVIDA JAPAN株式会社を設立、代表取締役CEOに就任。2013年Mistletoe株式会社を設立し、起業家の育成、ベンチャー企業への投資、スタートアップ・エコシステムの形成・発展に向け活動を開始。日本を代表するシリアル・アントレプレナーとして知られる

 どうもご無沙汰しています。今回出された著書を拝読しましたが、大企業の人はもちろん、特に起業に興味をもっている人たちが経営に必要なひと通りのことを俯瞰できる内容になっていますね。特に、「『志低い起業』ノススメ」という一節があって、これには僕もすごく賛成です。起業のキッカケなんて、何でもいいと思うんですよ。そこからどれだけ本格的に展開していけるかということのほうが大事で、「戦略を練りに練ったうえで満を持して……」などと気負いすぎると、なかなか手を出せなくなりますから。

朝倉 ありがとうございます。お兄様である孫正義さんの評伝のタイトル『志高く』(井上篤夫著、実業之日本社文庫)のように、一旗揚げるぞ、という高い志のもと始める起業ももちろん素晴らしいと思います。私自身にも「男として生まれたからには……」という思いはありますから。一方で「起業ごっこ」から始まるケースがあってもいいのではないか、と感じるんです。おっしゃるように、前に一歩踏み出すことに意味がある。「ごっこ」が増えることで、おのずと裾野も広がっていくと思っています。

 僕が大学時代に初めて会社を設立したときも、まさに「ごっこ」でしたよ。当時は青色申告さえ知らなかった。白色申告で税務処理をしようとして、税理士の先生に「税金の払いすぎになりますよ!」と注意されて初めて知ったぐらいです(笑)。

朝倉 最初の会社というと、96年のインディゴ設立のときですか。

 そうです。ちょうどヤフー・ジャパンの立ち上げに関わることになりましてね。僕自身はアルバイトで手伝うつもりだったのに、業務委託として請け負うことになったんです。個人として引き受けるのはダメだということで、「サークルで引き受けてはどうでしょうか?」「いや、ダメだよ。会社を作って」なんてやりとりを経て、初めて契約する主体である法人という概念を理解しました。もっとも会社を設立したという事実だけで、あの頃は志や戦略もありませんでしたね。

朝倉 でも、知識がなくてもどんどん行動に移されたからこそ道が開けたんでしょうね。

 あの頃は有限会社の設立でさえ300万円もの資本金が必要で、当時の私はそんな大金なんて持ち合わせていませんでした。でも、今は1円でも株式会社を設立できるから、「とりあえずやってみるか!」というノリで始められますよね。むしろ今は、法人化はギリギリまで後回しにして、いよいよサービスイン(事業を正式展開)するという直前まではチームやサークルみたいな集まりで活動したほうがいいんじゃないかと思いますね。会社組織にして他人様のお金を預かってしまうと、何かと制約も出てきます。

『論語と算盤と私』著者の朝倉祐介(あさくら・ゆうすけ)さんプロフィル/1982年生まれ。兵庫県西宮市育ち。中学卒業後に騎手を目指して渡豪。身体の成長に伴う減量苦によって断念。帰国後、競走馬の育成業務に従事した後、専門学校を経て東京大学法学部卒業。在学中にネイキッドテクノロジーを設立。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、ネイキッドテクノロジーに復帰し代表に就任。同社の売却先となったミクシィに入社後、2013年より同社代表取締役に就任し、業績の回復を機に退任。2014年よりスタンフォード大学客員研究員。複数企業の取締役、アドバイザーを務めるほか、起業経験者によるスタートアップ投資 活動(Tokyo Founders Fund)も開始している

朝倉 簡単には後戻りできなくなってしまいますよね。

 そう。少なくとも、あれこれ試行錯誤を繰り返している間は、チームやサークルといったつながりで活動を続けたほうがいいでしょう。その意味では、まさに「ごっこノススメ」ですよね。

個々人の能力はシリコンバレーと遜色ない!
日本の起業のエコシステムも急速に進化している

朝倉 いまスタンフォード大学の研究員としてベイエリアにいてつくづく実感するのが、シリコンバレーには起業家や起業家予備軍があふれていて、成功モデルとなる先輩たちも身近に沢山いることです。出資者やアドバイザー、人材や技術の供給元、協業(試験採用)に応じる大企業、その分野に詳しい弁護士事務所など、スタートアップに関わるさまざまなプレーヤーが集まっていて、独自のエコシステム(起業を後押しする生態系)が形成されていますよね。孫さんはかねて日本やアジアで起業のエコシステムをつくると仰っていて大いに感銘を受けたのですが、日本の現状をどうご覧になっていますか?

 エコシステムについては、日本でもかなり発展してきましたね。シリコンバレーを「木々の生い茂る森」に例えれば、2010年代を迎えるまで日本はまだ「砂漠」にすぎませんでした。そんな状態で種だけ植えても芽は出ませんし、いくら政府が助成金という「水」を供給しても、砂地に吸収されていくだけです。小さくてもいいから、まずは生態系が循環する「オアシス」を作る必要がありました。つまるところ、エコシステムというのは人のネットワークです。さまざまなイベントが開催されたり、大学でアントレプレナーシップ育成講座が増えたり、産学連携が活性化するなど、さまざまな動きが盛り上がって、2010年頃から次第にネットワークが形成されていきました。それから5~6年で今の状態まで生態系が拡大しているわけですから、これはいけると確信してからの、日本の動きはかなり早いと思いました。

朝倉 まだ日本にエコシステムと呼べるほどの環境が整っていなかった2010年、私は孫さんの言葉に刺激を受けたこともあって、大学時代に立ち上げたベンチャー企業に復帰しました。思えば、その頃は1億円以上の資金を調達するスタートアップもごく一部でした。たかだか5年少々ですが、当時と今では、本当に隔世の感があります。一方で最近のスタートアップ投資は過熱状態と見ることもできますが、今のスタートアップを取り巻く状況は景気の浮き沈みで変わってしまう一過性のものなのでしょうか。

「日本も、(スタートアップの)エコシステムが育っていくティッピングポイント(臨界点)は超えた」と孫さん

 シリコンバレーを定点観測していると、実はリーマンショックの直後でもスタートアップへの投資が落ち込んでいませんでした。つまり、シリコンバレーのようなエコシステムができあがると、景気に左右されずに発展していけるんですね。シリコンバレーと比べれば、今はまだ日本のエコシステムはぜい弱なので、少なからず景気の影響は受けやすいでしょう。ベンチャーキャピタルがファンドを組成できなくなったりしますから。とはいえ、もはや日本も、エコシステムが育っていくティッピングポイント(臨界点)は超えたと思います。

朝倉 だとすれば、ここから先はいっそう加速を増してエコシステムが育っていく可能性がありますね。

 そう思います。実は、僕が「エコシステム」という言葉を意識するようになったきっかけは、スタンフォード大学のウィリアム・ミラー名誉教授との出会いでした。来日されたとき複数でお目に掛かる機会があり、「80年代後半、シリコンバレーで最初に生まれたベンチャーキャピタルの資金力はいくらだったと思う?」と聞かれたのです。答えはなんと、わずか15億円ですよ。「それが20年も経たないうちに1兆円もの資金が動くようになっていた。それを考えれば、日本の人たちは優秀だから、シリコンバレーにキャッチアップするまでに20年も30年もかからないよ」とおっしゃったんです。確かに、グーグルなどに集まる金額の規模やスピード感には非常にダイナミズムを感じますが、個々の人材の能力でそれほど差は感じない。

朝倉 ですよね、そう思います。

 しかも、先行するより追いかけるほうが簡単ですからね。日本でもできる!と思ったんです。