「お父さん、どうしよう?」。米ワシントンに住む筆者の知人は、離れた街で働いている娘から最近とても不安げな口調の電話を受けた。仕事で何か大きなトラブルが起きたのかと思って心配したら、ドナルド・トランプ米次期大統領のことだった。カナダに移住すべきか悩んでいるという。
トランプ氏が大統領選挙の勝利宣言で1兆ドル規模の財政支出拡大策に言及して以来、先進国の多くの株式市場で「トランプ・ラリー(活況相場)」の様相を呈している。しかし、米国を訪れたところ、やはり前述のようにトランプ氏の当選に困惑している人がかなりいると、あちこちで感じられた。
トランプ氏の得票数は、2008年、12年に敗北した共和党の大統領候補者よりも少なかったわけで、彼が米国をまとめるには経済を上向かせるしかないともいえる。
ワシントンにおける政治・金融の専門家たちの多くは、トランプ新政権は「米経済や国際政治に打撃を与える極端な政策はできないはずだ」と楽観視していた。ただ、その路線でいくと、トランプ氏は選挙中の約束の多くを反故にすることになる。それは、ラストベルト(さびた一帯)と呼ばれる製造業が衰退した北東部や中西部、南部の白人支持者への裏切り行為となり、バランスが難しい。
メキシコには今や多数の米企業が生産拠点を持っている。北米自由貿易協定(NAFTA)に大きな制限を加えたら、米企業は激しい打撃に見舞われる。11月13日、トランプ氏が不法移民300万人を強制送還すると宣言したのは、経済への影響が相対的に小さい割に、彼の支持者の心情に訴えられる政策だと考えたからだろう。