「自分」という意識はどこから生まれてくるのか

 まだずいぶん幼かった頃、おそらく3歳前後だったと思うが、友だちと遊んでいて、「どうして自分は、あの子じゃないんだろう」と、ものすごく不思議に感じたことがある。しかし、それを不思議に思う感覚は次第に消えていき、いつの間にかあたりまえのことになってしまった。あの不思議な感覚が生じた時こそが、私が周りの世界から「自分」を分離して他者との区別を始めた、すなわち自我が目覚めた瞬間だったのだろうか。

 生まれたばかりの赤ちゃんには、自我と呼べるような意識(「心」と言ってもいいのかもしれない)はまだない。それは後天的に獲得されるものだ。しかし、どのようにそれが獲得されるのか、その仕組みや意味については、生物学や医学、心理学や哲学など多岐にわたる学問分野で研究が重ねられているものの、いまだ詳細は解明できていない。

 ところで読者の中に、2016年7月30日から8月6日まで、東京の日本科学未来館における「機械人間オルタ(Alter)」の展示を見た方はいらっしゃるだろうか。映像がYouTubeにあるので、ぜひ一度見てみてほしい。オルタは、シリコン製の顔や手は人間そっくりに作られているが、後頭部や胴体は機械がむき出しになっている。

 オルタには、人の声や物音などを感知するセンサーが多数取り付けられている。そこから入力された信号をニューラルネットワーク(人間の脳神経系を模したシステム)が処理し、空気圧で動く42箇所の関節を制御している。それによって、一部機械がむき出しであるにもかかわらず、その複雑な動きからは「生命らしさ」が感じられる。見ようによっては、生まれたての赤ちゃんの動きのようでもある。

新型アンドロイドはどこまで「人間」に近づけるのか『人間と機械のあいだ 心はどこにあるのか』
池上高志/石黒浩 著
講談社
256p 1300円(税別)

 この「機械人間オルタ」は、本書『人間と機械のあいだ 心はどこにあるのか』の二人の著者、大阪大学の石黒浩教授と東京大学の池上高志教授が共同開発したものだ。

 石黒氏は、1963年滋賀県生まれのロボット研究者。大阪大学大学院基礎工学研究科博士課程を修了し、工学博士を取得。現在は、大阪大学大学院基礎工学研究科教授(特別教授)、ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)を務めている。人間酷似型ロボット(アンドロイド)研究開発では世界の第一人者だ。マツコ・デラックスそっくりのアンドロイド「マツコロイド」や、二松学舎大学と共同で夏目漱石に似せた「漱石アンドロイド」を製作したことでも有名だ。2007年に米国のニュース専門局CNNが選んだ「世界を変える8人の天才」の一人でもある。