「申し訳ありません。私はこの近所の会社に勤める者なんですが、昨日、通勤の途中で初めてあなたをお見受けしたんです。公園の中でゴミを拾っておられるのを…」

「おぉ、そうだったのかね。それで…」
「それで、なんというか、どうしてゴミを拾っておられるのか、理由をおうかがいしてもよろしいでしょうか? 失礼ながらお役所の清掃員ではなさそうだし、かといって地域の清掃ボランティアのようにも見受けられません…」

「なんだ、そんなことか…。ただ、拾いたいから拾っているんじゃよ」
「拾いたいですって?」
「そうじゃよ。考えてみたまえ。拾いたくなければ、拾うわけがないじゃろう」

 少し雨脚が弱くなった。圭介は、質問を変えてみた。

「では、なぜ拾いたいんですか。拾うと、何かよいことがあるんですか?」
「ほう、そうきたかね。よいことがないと拾っちゃいけないのかな?」
「…そんなわけではないですが。人は、何か自分にとって得することがないと、普通は行動に移さないものでしょう。違いますか?」
「うほう、なかなかはっきり言うヤツじゃな。まぁ、確かに、キミの言うとおりかもしれんな」

 老人は、なんだか突然に現れた客人を喜ぶかのように、表情を崩して答えた。
「まぁ、最初に答えを言うのは好きではないが、答えを言ってしまうと、実は、そうじをすると、得することがあるんじゃな

「得って何ですか?」

 圭介は、急に昨日の社長との話を思い出した。「そうじをすると、売上が上がるのか」と質問したが、社長はちゃんとは答えられなかった。この老人なら、なんと答えるのだろうか。しかし、次に、圭介が思ってもみないことを言った。

「別に、拾いたくないなら、拾わんでもいいよ」
「え!?」
「聞こえんかったかな。別に拾いたくないなら、拾わんでもいいと言ったんじゃ」

 圭介はこの言葉に「カチン」ときた。「ゴミ拾いをすると、何か得することがある」と老人は言う。「その得とは何なのか?」と聞いたのだ。それなのに、「別に、拾いたくないなら、拾わんでもいいよ」と言う。こちらだって、別に、「拾いたい!」とも思わない。圭介は、軽い憤りを感じて言い返した。

「ひょっとして、何か今までの人生で悪いことをして、それの『罪滅ぼし』か何かなのですか?」
「わっははは。面白いことを言うのう。まぁ、そこまで言うのなら1つ、教えてやろう。耳を貸しなさい」

 そう言うと老人はベンチをぐるりと回って、圭介に近づいてきた。そして、立ち尽くす圭介の耳元でポツリと囁いた。

「拾った人だけがわかるんじゃよ」

 何だかバカにされた気分だった。キョトンとした圭介を尻目に、老人はまた「ゴミ拾い」を始めた。腕時計を見ると、始業時間の5分前だった。「遅刻だ!」老人に一礼をして慌てて駆け出した。

その2へ続く)【全5回】

 


『なぜ「そうじ」をすると人生が変わるのか?』

 


 


 

 

ご購入はこちら!⇛  [Amazon.co.jp] [紀伊國屋書店BookWeb] [楽天ブックス]