「え、……ええ、まあ」
曖昧な返事をしながら、自分がよほど陰湿な顔をしていたのだと思い当たる。
「民主主義というものの必然性は誰もが認めることでしょうけど、このような欧米の退廃的な文化に触れると、民主主義に付随する自由主義や個人主義というものを、社会にバランスよく行き渡らせることの難しさを感じてしまうわね」
早口の中国語でまくしたてられた隆嗣は、自分の未熟な語学力を痛感した。
「もう少しゆっくり話してくれませんか……」
ようやく口を開いた隆嗣の言葉を聞いて、女性が目を丸くする。
「あらいやだ、ごめんなさい。外国人の方だったの……。てっきり中国人だと勘違いして、勝手な話をしてしまったわ。留学生ですか?」
「はい、日本から来ました」
そう答えながら自分の身なりを確認すると、野暮ったいズボンと無地の茶色いセーターは大学裏にある国営商店で買った物だし、足元にいたっては路上の屋台から1足2元で手に入れた布靴だ。色気のない生活に合わせて身だしなみなど忘れていたために、無精髭まで伸びている。
これでは中国人と間違われても仕方あるまい。
「日本の方と話をするのは初めてだわ。私はジャンリーファン、英文科の3年生です」
明るい声で自己紹介する彼女を改めて観察した。卵形の輪郭の中、切れ長で大きな二重の目は聡明さを顕示しているが、小さいのに厚めの唇と真っ直ぐな鼻梁の先端がやや丸みを帯びているあたりに、人の好さも感じさせる。赤いセーターはカシミアなのか、薄手だが暖かそうで、彼女のやや派手目の顔に似合っていた。