25年前の旅先に選んだ天草も、熊井啓監督が作った映画「サンダカン八番娼館/望郷」の舞台の一つで、田中絹代が演じる“からゆきさん”「おさき」さんの故郷であった。亡くなった後、墓を日本に背にしてまで社会の不公平を訴え、多くの中国人を泣かせた阿崎婆(おさきの中国語訳)がどういう土地の出身なのか見たかったからだ。社会学者を演じた栗原小巻は青春時代の私を含む多くの中国人男性の心を虜にし、いまでも中国でもっとも知られる日本人女優の一人である。

 「草帽歌」というと、多くの日本人はピンとこないだろう。しかし、45歳以上の中国人ならばおそらく誰でも「Mama, Do you remember……」と口ずさむことができる。

 中国で知られているこの日本の歌は、実はジョー山中が歌った映画「人間の証明」のテーマソングだ。

 「母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね?/ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、/渓谷へ落としたあの麦わら帽子ですよ……」というのが西條八十の書いたオリジナルの詩であることは、ほとんどの中国人が知らない。その歌が日本でも大ヒットを飛ばし、ベストテン入りを果たしたことも知らない。

 しかし、日本以上のヒットであったことを逆に日本人は知らない。ホテルニューオータニの本館が改築されるまで、中高年の中国人の友人が来ると私はよくそこに案内したものだった。四谷駅から行くと、ホテルの本館が見えてくるのを計算して、「草帽歌」を口ずさむと、みんなはっとする。そして大興奮する。「あっ!!『人証』(映画『人間の証明』の中国語訳)!『草帽歌』!ああーー、あそこで撮影したのだね」。それから慌ただしくカメラを取り出して記念写真を撮る。

 2008年年末、映画「非誠勿擾」(邦訳:狙った恋の落とし方。)の放映で、北海道の人気が中国で爆発した。映画と観光地との相互依存関係は語っても語りつくせない。もし「サンダカン8番娼館/望郷」と「人間の証明」の人気を海外旅行ブームに沸く今に持ってきたら、おそらく中国人観光客は天草に殺到し、ニューオータニも中国人観光客礼拝のメッカになっていたに違いない。

 こうした記憶の遺産をインバウンド誘致に活用してもいいのではないかと思う。震災後、放射能被害に怯える中国人観光客を呼び戻すためには、より深く中国人観光客を研究し、その心の琴線にまでしっかりと触れるような営業努力をしなければならない。日本と違う懐メロが中国で流行る。その違う懐メロで中国人観光客の心に迫る。雲仙の真知子岩の前に立って感激する中国人は少ないだろうが、「Mama, Do you remember……」とホテルニューオータニとの関係を知ったら、感激する中国人はきっと大勢いる。

 さて、放射線の心配がなくなり、中国人観光客がまたあなたの町を訪ねてきた時、あなたならどんな歌で迎えるだろうか。