「マネジメントとは人にかかわることである」(E・H・イーダスハイム著『P・F・ドラッカー―理想企業を求めて』)
50年前、ニューヨーク大学の大学院でドラッカーに教わっていた学生の一人に、やがて世界最大級のアルミメーカー、アルコア社の会長兼CEOに就任したポール・オニールがいた。
オニールは、実業家としての成功はひとえにドラッカーのおかげだったと言っている。
ドラッカー伝を書くべく、ドラッカーへのインタビューを1年半にわたって続けていたイーダスハイム博士が、ドラッカーが亡くなったあと、このオニールに会いに行った。オニールは、待ってましたとばかりに、今では黄色に変色した紙片を取り出したという。
それは、会社がどれほどのものかは、そこに書かれている3つの質問に、社員のどれだけが、なんのためらいもなしに、はいはいはいと答えられるかによってわかるという、授業で教わったドラッカー直伝のリトマス試験紙だった。
「あなたは敬意をもって遇されているか。あなたは応援されているか。あなたが貢献していることを会社は知っているか」
この話には続きがある。しかしこの3つの質問のあまりの強烈さに、私は、その続きを紹介するのを忘れることが多い。
アルコアのCEOに招聘されたオニールは、この3つの質問を念頭に、同社を世界で初めての労働災害ゼロの会社にしようとしたのだという。
「本当に個を大切にするのならば、仕事中にけがなどさせてはならなかった。私はドラッカーの教えに従って、仕事でけがなどしない会社をつくろうと思った」
もちろん、このオニールの夢は、社内だけでなく、産業界からも疑問視された。アルミの精錬加工という産業の性格上、労災ゼロは無理とされた。
ところが、同社の労災発生率は急降下。生産性は急上昇。人への敬意と、安全と、業績とのあいだにどのような関係があるのかはわからない。しかし、たとえ数式をもって示すことはできなくとも、関係はあったと見るべきだろう。
「事業を成功させるには、社員が最高の仕事ができる環境をつくらなければならない」(『P・F・ドラッカー―理想企業を求めて』)