和食もフレンチも本格、そして蕎麦で締める
そのコース料理を堪能してもらうために予約客のみで営業

「坂」は、恵比寿駅東口から歩いて8分程度の路地に隠れるようにある。昼も、夜も予約客だけの営業だ。その理由は、「坂」の特異な営業スタイルにある。 「和食」と「フレンチ」で饗応して、蕎麦で締める。それも、和食とフレンチとの創作料理ではなく、和食皿、フレンチ皿とそれぞれ盛られてくる、本格的なものだ。この料理を存分に堪能してもらいたいから、事前の予約にしてもらっているそうだ。

 店内は落ち着いた茶系のトーンで配色され、カウンター使いの部屋と、テーブル席だけの部屋と二つに分離された設計になっている。

 客たちがお互いに自由な会話を楽しめるように配慮されていて、落ち着いた大人のための空間が演出されている。大切な接待や友人たちとの会食の場、恋人たちや夫婦の記念日に、ワイングラスを合わせる。そんな重宝な使われ方をしている。

茶系で統一されたシックなテーブル席でゆったり寛いで日本酒を飲むもよし、ワインのコルクを空けるもよし。この席から分離されるようにカウンターとテーブルの部屋もある(写真右)。

 坂さんは29歳までシステムエンジニアだった。この頃、彼の人生設計は壊れかけていた。それは、自分の技術に対しての正等な成果報酬が行われないことへの不満だった。会社を飛び出してフリーになったが、同じように経験年数や過去の累積が評価の中心だった。

「本当に自分の腕で評価される世界に行きたかったんです。それにはもう職人しかないと思いました」(坂さん)。

システムエンジニアだった坂宜則さん。自分の腕と技術で評価されて対価を得る仕事がしたいと蕎麦職人を志した。

 エンジニアから職人への転向。そんな雲をつかむようなことを決意した坂さんは、職人と呼ばれる仕事を羅列してみた。その中から憧れていた陶芸家、画家、料理人などいくつかの候補を選んだが、自分ができそうなのは料理人の世界ではないかと考えた。

 その中でも、自分の年齢と修業年数を考えれば、蕎麦職人が一番近いところにあると思ったそうだ。だが、蕎麦は好きだったが、蕎麦粉を触ったこともなければ、まして蕎麦打ちの経験も無い。