売り手は財の品質についての多くの情報を持っているが、多くの場合、買い手(消費者)は必ずしも品質を判別できるとは限らない。いま、取引に際して、買い手が良質品と低質品とを区別できないとしよう。このような情報の非対称性は、市場取引を行うに際していかなる困難を引き起こすか? このことを、(中古車ディーラーがいない)中古車の市場を例にとって考えてみよう(米国の中古車取引では、ディーラーが介在しないことが多い)。
情報の非対称性があると……
中古車の品質は必ずしも一様ではなく、良質なものから質の悪いものまでさまざまである。しかし、買い手が良質品と低質品とを区別できない場合には、両者は同じ価格で取引されることになる。いま、市場で価格pが成立したとし、売り手にとって、この価格と無差別な車の品質をQとしよう。
このとき、中古車の売り手(すなわち所有者)は、自らの車の品質を知っているから、当該の車が市場価格よりも価値がある場合には、売らないで保有し続ける。したがって、市場に供給されるのは価格pで売ってもよい低質品(Q以下)の車のみとなる。
供給された中古車の(平均)品質を反映して、価格が下がったとしよう。このときには、供給される中古車の品質は一層低下する。このようなプロセスが繰り返し生じる結果、良質品は市場で取引されなくなる。
このことは、次のようにも説明することができる。いま、中古車の品質Qが[0,100]の範囲に一様に分布しているとしよう。売り手は品質Qの車をQ万円と評価し、買い手は(5割高く)3/2×Q万円と評価しているとする。ここで、市場価格がp(万円)になったとしよう。このとき、品質を知る売り手はQ>pの車を乗り続け、中古車市場には出さないだろう。
したがって、中古車市場に出てくるのはQ≦pの車だけである。このとき、市場に出ている中古車の平均品質はQ/2となる(品質は一様に分布しているため)。品質を判別できない買い手は、平均品質Q/2の中古車を(5割高く)3/4×Q万円と評価する。一方、中古車の価格はp=Q万円で、買い手の評価額を上回っているため、誰も中古車を買おうとしなくなり、市場がなくなってしまう。