元社長の解任に端を発したオリンパス事件。真相はバブル期の損失隠しを旧経営陣が行っていたことが明らかになったことから、この事件は、主にコーポレート・ガバナンスの観点から多様な分析や議論がなされている。しかし、会計操作にM&Aが利用された点も見逃せない。本稿では、M&Aの専門家で企業価値算定の第一人者である中央大学大学院の鈴木一功教授に、上場企業が関係するM&Aにおける取引価格の算定根拠やその開示のあり方について論じてもらう。具体的には、現在のM&Aにおける取引価格に関する開示の問題点と、今後に向けての改善すべき方向性である。
オリンパス事件で話題となった
株式価値算定報告書とはどのようなものか
オリンパス事件において筆者が注目しているのは、2008年に同社が実施した国内3社の買収に関してオリンパスが取得したとされる「株主価値算定報告書」(一般的には「株式価値算定書」と呼ばれることが多い)と、それに基づいて同社が「第三者機関である外部会計事務所による評価を得て」おり、「買収手続きは適正である」と当初発表していた点(2011年10月19日付同社プレスリリース)である。
なお、この算定書のうちアルティス社に関するものが、本件を最初に報じた会員制月刊誌「FACTA」のウェブサイトで公開されており、筆者もその内容を参照して本稿を作成している。
まず、この「株式価値算定報告書」(以下「算定書」と略する)とはどのような書類だろうか。これはM&Aの際に支払われる買収対価が妥当かどうかについて、第三者に対象企業の価値評価を求めた書面であり、複数の評価手法(市場株価法、DCF法、類似会社比較法など)により算出した株価が記されている。
算定書を企業が取得するのは、①組織再編や株式公開買付において東京証券取引所の上場規則により提出を求められるケース(算定書は原則非開示、中身の概要は当該M&Aのプレスリリース内に記述)、②マネジメント・バイアウト(MBO)に関して金融商品取引法により公開買付届出書に添付を求められるケース(算定書のサマリーがEDINETにより開示)、③自主的に社内のM&Aの意思決定過程での参考、証拠資料として取得するケースがあり、オリンパスのケースは③に該当すると考えられる。
①と②は、2006年末から2007年にかけて要請されるようになったもので、それ以前は、必ずしも算定書の取得はM&Aの要件ではなかった。