M&A取引における株式価値算定書の
開示について、4つの提言

 現在のM&A取引における株式価値算定書の開示内容では、投資家は財務予測や価値評価の妥当性について十分に判断するだけの情報を得られない。オリンパスの取引では、そもそも算定書が開示の対象ではなかったわけだが、仮に開示されていたとしても、業績予測が記載されていない以上、投資家がM&A取引価格の不自然さに気づく材料にはならなかった可能性が高い。

 そこで、筆者として今後どのような改善が可能かについて、いくつか提言を述べておきたい。

1.株式価値算定書のサマリーの開示対象を、MBOに関する株式公開買付のみから、東京証券取引所が算定書の添付を要請している全ての取引に拡大する。

2.開示するサマリーには、算定根拠となった業績予測(最低限、今後5年間程度の売上高と営業利益の予測)を表示する。

3.株式算定書の作成者の属性、過去に算定書を作成した案件等を同時に開示する。
  現在の株式価値算定書の作成者は、「第三者」でありさえすれば、極論すれば「近所の知り合い」でも、「名義だけのペーパーカンパニー」でも構わない形になっている。実際、破格の安値で算定書作成を引き受ける専門業者もいると聞く。2.と相俟って、算定者が信頼できる算定人によって作成されているかについて、投資家が同時に検証できる仕組みが必要である。

4.利益相反の可能性が高いMBO取引等に関しては、より算定人の責任が明確なフェアネス・オピニオンの取得を義務づける。
  米国におけるMBO取引では、「フェアネス・オピニオン」の取得と、その内容の開示が求められている。「フェアネス・オピニオン」は、「株式価値算定報告書」と異なり、第三者が組織再編やM&Aの当事会社に対し、買収価格や統合比率について、財務的見地から公正であることを意見表明するものであり、第三者が、いわば買収対象企業の事業計画自体の妥当性をも勘案して、お墨付きを与える書面である。日本でも、一部のM&A取引でフェアネス・オピニオンが取得された事例はあるものの、東京証券取引所や金融商品取引法において添付を要求されているのが算定書であり、フェアネス・オピニオンまでは求められていないことから現状では一般的ではない。

 筆者は、実際に日常的にM&Aや企業価値算定書の作成に携わっている人たちとの接触があるため、上記の提言は必ずしも歓迎されるものではないことも理解している。しかしながら、より幅広い開示が求められることで、きちんとした算定書を作成している算定者たちにはメリットもある。

 現状の株式価値算定報告書の開示方法では、実現性の疑わしい業績に基づいて、信頼性が薄い算定者によって作成された算定書が、形式要件を満たしているという理由で蔓延しかねない。「悪貨は良貨を駆逐する」というが、算定書にもこのことが当てはまりかねない。

 開示範囲が拡がれば、どの算定者にきちんとした算定能力があるのかも、自ずから明らかになっていくであろうし、不自然な業績予測に基づいた算定書も公開されることになる。その結果、「悪貨」は駆逐されていくに違いない。