第9回目は海外で孤軍奮闘することになった経験をもとに、英語へ取り組んだ外資系トップの言葉をご紹介する。ニューヨーク勤務において、完全に一人きりで契約と交渉を行ったというアフラック(アメリカンファミリー生命保険会社)の外池徹氏にご登場いただく。
英語がうまくなりたいが、思うように上達しない。英語を勉強しなければいけないことはわかっているが、どうにもモチベーションが上がらない。会社からは英語力アップを求められているが、どうにも自分で腑に落ちない…。
英語の勉強では、本当にさまざまな悩みがある、と聞く。『外資系トップの英語力』では、外資系トップたちが、そんなさまざまな悩みへのヒントを教えてくれている。
中でも注目したいのは、どうしても英語を使わなければいけない状況に追い込まれ、苦しみながらも英語をマスターしていった、というトップの経験だ。
例えば、アフラック(アメリカンファミリー生命保険会社)の外池徹氏。1974年に日本初のがん保険を発売、がん保険の契約件数で国内トップシェアを誇り、2009年には個人保険・個人年金保険合計の保有契約件数で生命保険業界第1位となったアフラックで、約4000人の組織を率いる。
61歳の外池氏は、2007年から社長を務めている。大学卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)に入行、32年間、国際畑でキャリアを積んだ。だが、意外なことに、生まれて初めて海外に出たのは、新婚旅行のハワイだったというのである。当時は英語がまったく使えなかったというのだ。
「英語は受験で読み書きは勉強していました。でも、オーラルコミュニケーションがまるでダメだったんですね。聞けない、しゃべれない。ところが、会
社から半分、強制的に受けさせられた留学制度の試験に、30歳で通ってしまったんです。正直、ちょっと困ったことになったな、と思いました。でも、思ったんです。アメリカに行ったら、小学生でも英語をしゃべっている。行って数カ月もすれば、しゃべれるようになるだろう、と」
これが大間違いだったことに、外池氏は後に気づく。留学先で授業が始まっても、先生が言っていることが一言もわからない。しょうがないから、ひたすらもらった資料を読んでいたという。2年でさすがに日常の買い物や普通の会話はわかるようになったが、クラスでディベートでも始まれば、まるでわからないという状況には変わりがなかった。