学者の研究と一線を画す迫力と説得力

 本書が特異なのは、イノベーションを対象としているにもかかわらず、「たたき上げ」の方法論を提示していることにある。

 著者のカーティス・R・カールソンがCEOを務めるアメリカのSRIインターナショナルは研究開発に特化した、この分野で世界を代表する組織である。設立以来65年にわたり、様々なイノベーションの実現に携わってきた。

 その成果は、コンピュータのマウスやインターネットのURL、銀行小切手ナンバーの磁気インク文字認識、郵便物トラッキングシステムといった日常生活に深くかかわるものから、HIV(エイズウィルス)治療薬、ロボット手術システム「ダ・ヴィンチ」といった局所的な問題解決に貢献するものまで、広範に及ぶ。顧客も民間企業から政府機関まで様々である。1990年代には、不振に陥った自社の経営立て直しですら研究開発の俎上にのせて、ブレークスルーを実現してきた。

 アメリカの人気刑事ドラマの古典、「刑事コロンボ」の中で、主人公のコロンボが犯人と対決するときに、次のような趣旨のことを言ってプレッシャーをかける場面がある。

「あなたは確かに冷静で計画的で頭脳明晰だ。それに対して私は凡人で、頭脳もあなたとは雲泥の差かもしれない。しかし、いくら切れ者のあなたでも殺人となるとそうめったに経験できるものではないだろう。私は殺人課の刑事として、毎日毎日何年も殺人事件と向き合ってきた。それが私の仕事であり、専門なんですよ。『殺し』がね……」

 言われた犯人は大いに動揺するという成り行きで、こうしたセリフがコロンボのシビれるところだ。コロンボの迫力は「たたき上げ」の強みにある。

 そのイノベーション実現の頻度はもちろん、顧客から受けてきた直接的なフィードバックによる試行錯誤によってSRIは鍛えられ、イノベーション・マネジメントの「たたき上げ」と呼ぶにふさわしい存在となっている。そのトップにあるカールソンはイノベーションの世界の刑事コロンボのような人といってもよいだろう。

 その方法論というか「手口」に対する絶対の自信、ここに「たたき上げ」の本領がある。生み出した成果がこれだけ多岐にわたると、一口に「イノベーション」といっても、それぞれで相当に性質が異なる。イノベーションの傍観者はまず、いくつかの類型に分類して論じたくなるものだ(学者がその典型)。しかし、カールソンはそうした議論にはほとんど興味がないようで、「ま、いろいろあるけど、ようするにイノベーションを生み出すプロセスというのはこういうものだよ」と直球で勝負してくる。