しかし、いざプロジェクトに携わると、まだまだ若手の彼は初めての業務も多く、慣れていないために時間が予想以上にかかったり、知らないこともあるためできないことが少なくない。

 入社以来、ここまで順調なキャリアを歩んできて自分への期待が大きかったがゆえに、彼は理想と現実のギャップに精神的なショックを受けたのだ。現実を突きつけられたことで、彼は自分の存在価値を疑うようになり、「自分はダメな存在だ。自分には無理だ」と徐々にそう思い込むようになってしまったのだ。

みんなが自分を
見下している

 このように、悲観的な話や自分を否定する話が頻繁に出てきたため、和也さんは恐らく認知が歪んでいるのではないかと判断した。その認知の歪みを正すため、まず会社に行けない(潜在的に行きたくないと思っている)原因を突き止めることが突破口だった。私は和也さんに職場のことを聞き出してみた。

「職場で嫌なことは何ですか?」
「仕事の忙しさや与えられている仕事が多いことですね」
「では人間関係はどうですか?苦手な人はいませんか?」
「苦手といえば、みんな苦手です」
「みんな苦手ですか?」
「はい、上司にはいつもきつく言われますし、チームのメンバーにも見下されています」
「見下されている?」
「ええ。僕はチームの中で一番若いので、周りと比べると経験が浅いですし、知識や技術も劣っています。それなのに、そういう嫌なところをネタにして、みんなで笑い者にするんです」

 和也さんのように精神的に追い詰められると、人は被害妄想的になることがある。身の周りで起きているあらゆることをネガティブに捉え、自分はダメな存在だと思い込んでしまうのだ。

 その後も、人間関係を中心に何度か話を聞いていった。すると10人程いるメンバーの中で、上司の佐藤さんに一番苦手意識を持っていることがわかった。

「僕は仕事ができないから、例えば、『お前は役に立たない』と言ったり、簡単な作業を持ってきて、『これでもやっとけ!』って命令したりするんです」
「そういう言い方をする上司なのですか?」
「はい、そういうダメな様子を見て、メンバーたちが自分のことを笑ってバカにするんです。ダメなやつ、できないやつだと思っているんです!それが悔しくて……」

 和也さんは目に涙をため、そう言った。ずっと我慢してきた感情が一気に溢れ出たようだった。そこで私は和也さんに確認した。

「それでも、仕事に戻りたいんですよね?」
「はい、戻りたいです。お願いします」と和也さんは涙をぬぐいながら、答えた。

 この日を境に、私は和也さんの認知の歪みを直すべくカウンセリングの時間を長くし、ドライブカウンセリングやウォーキングカウンセリングなどの認知行動療法も取り入れた。カウンセリングはそれから数ヵ月に渡り、1回で6時間に及ぶこともあった。