「管理者責任」をまるで無視
内田前監督の言動を振り返る

 内田前監督やコーチが相手にケガをさせる意図で「試合に出たければ、相手選手をつぶしてこい」という指導をしていたとすれば、組織ぐるみで社会規範に反していたと言わざるを得ない。企業でいえば、人事担当役員が「正社員になりたければ、他社の社員にケガをさせてこい」と命令したようなもので、決してあってはならない。

 しかし、日大側の見解のように、仮にケガをさせろという指示を明確に行っておらず、選手が誤解したからだったとしても、幹部は管理責任から逃れられない。いくら誤解したからといって、いきなり選手が暴力行為に出るというのは、日頃の指導が行き届いていない証左である。

 辞任を表明しても、内田前監督に対する非難が収まらないのは、一連の彼の対応が、あまりにもひどかったからだ。内田前監督は、相手選手にケガをさせたその場で選手を指導しておらず、そのまま試合に出場させた。また、「選手が勝手にしたことだ」という意味の見解を発表しただけ。自身の指導者としての責任には触れなかった。事件直後に謝罪せずに、謝罪は13日後である。

 これでは、関西学院大学関係者からみれば、「事件を深刻に受け止めていません」「責任を認識していません」と言われているようなものだ。また、内田前監督やコーチに、相手選手にケガをさせる意図があったのなら、日大の選手たちは「虚言し、こともあろうに選手に責任転嫁する、信頼するに値しない監督でありコーチだ」と思っていることだろう。仮にそのような指示がなかったとしても「選手とともに責任を果たさない信用できない監督でありコーチだ」と受け取っているはずだ。