総合商社の核となる「三方良し」の精神

 大手総合商社の一つである伊藤忠商事は「事業活動を通じて社会の期待に応えていくことが、その持続可能性(サステナビリティ)を保ち、さらに成長につながる」と説いた上で、その考えは創業者の伊藤忠兵衛が事業の基盤としていた近江商人の経営哲学「三方良し」の精神につながるものとしている。

「三方良し」とは、「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の三つを指し、売り手と買い手がともに満足し、また社会貢献もできるのが良い商売であるという近江商人の心得を言ったものである。

 そして、三つ目の「世間良し」=社会貢献に対する意識というのは、伊藤忠商事に限らず、総合商社が普遍的に持つ価値意識と言える。これには、総合商社の歴史的な背景も多分にあると考えられる。

 総合商社、特に三菱商事、三井物産といった財閥系商社は、第二次世界大戦前後を通じて、国の成長戦略に関わる国策的な役割を担い、国内産業を発展させていく期待を背負ってきた。

 それには、その時代時代の潜在的なニーズを掘り起こしつつ、国益に結びつく事業を展開していくことを求められるのだが、総合商社は愚直にそれを実践してきたのに過ぎないとも言える。

 そうして考えると、マズローの段階欲求説で言うところの「自己超越欲求」の実現、すなわち社会貢献というミッションを掲げるというのは、何もシリコンバレー企業の専売特許ではないことがわかる。

 近江商人の「三方良し」を事業基盤とする伊藤忠商事だけでなく、日本の戦前戦後の成長を支えた総合商社は何かしら社会の期待に応えているという矜持を持っており、それが今なお、自らの存在価値を見失わないで隆盛を誇り続けられている原因と言えよう。