恐る恐る始めたネット事業

福田:ただ、当たり前なのですが、紙の情報誌をネットに置き換えるとなると、社内でコンフリクトが起こります。当時、情報誌は何千億円と売り上げていましたし、粗利率も当時は紙のほうが高かった。4~5年くらい、侃々諤々の議論をしました。加えて、当時はまだ、紙がネットに置き換えられるという危機感は、そこまでありません。最初の段階はね、「恐る恐る」という言葉がふさわしいくらい、慎重に展開していました。

リクルートのインターネット前夜【福田峰夫さんに聞く Vol.3】

朝倉:さしものリクルートでも、そうだったんですね。

福田:たとえば、就職情報の場合、セットで情報誌とネットの両方に出稿していただくけれど、ネットのほうは広告料を取らない、というやり方で始め、そこから、ネットで効果が出てくると、情報誌とネットの両方の広告料をいただくようになり……と、徐々に徐々に置き換えていったんです。
結局、リクルートブックをやめて、ネットに完全移行するまで10年くらいかかりました。 ただ、一方で、そういう動きをみんなが感じていて、「置き換わる」という恐怖よりも、「ビジネス機会が生まれるのでは」という期待のほうが強かったです。

村上誠典(シニフィアン共同代表):キーポイントは、インターネットに未来があるとトップの方が思われていたことと、既存メディア(紙)との折衷案や抱き合わせで社内を説得したことですよね。いずれも普通の会社ならイノベーションのジレンマに陥ってできないところだな、とお話を伺いながら思いました。