森嶋が部屋に入ろうか迷っているとき、携帯電話が鳴り始めた。

〈やっと通じた。そっちはどう〉

 優美子の声が聞こえた。

「対策本部が出来ている。でも、被害状況を把握することで精一杯だ。僕の居場所なんてないみたいだ」

〈私のところも同じ。対策本部は出来てるけど、私の出番はなさそう。邪魔にならないようにしてくれだって。明日から私たちはどうなるの〉

「メールを見ろよ。室長からメールが入ってる。明後日の午前中に集まるようにと。しかし、室長はどこに住んでるんだ」

〈緊急用住宅って聞いたわ。ここから徒歩で30分以内のはずよ。たぶん、もう役所にいるはず〉

 森嶋は電話を切ると急いで「首都移転チーム」の部屋に行った。

 数人の男が部屋を片付けている。

 中の一人は村津だ。そして、千葉もいる。

「お前は辞めたんじゃなかったのか」

「行きがかり上だ。帰宅途中で地震にあって引き返してきたんだ。ところが庁舎の前で村津さんに会って、連れてこられた」

 なんとか動き回れるほどのスペースは出来ている。すでにデスクに座ってパソコンを立ち上げている者もいた。

 まだ完全な移転前で、コピー機やパソコン、ロッカーなど、十分な機材と資料が運び込まれていなかったのが幸いしたのだ。

「よく揺れたな。死ぬかと思ったよ。これじゃ、当分仕事どころじゃないぞ」

「国交省がこれじゃな。災害時には先頭に立たなきゃならんのに。被害状況をまとめて対策を取らなきゃならんが、情報じゃ明日も終日、都内のすべての交通はストップするらしい。居合わせたのが運のツキだ。当分、ここに泊りだぞ」

「こういうときのマニュアルがあったはずだ。職員の安否確認。被害状況の把握。インフラ設備の確認。色々あっただろ。誰か覚えてないか」

「どこかにファイルがあるだろ。誰か探して持ってこい」

「それより、どうなってるんだ。東京に何が起きてる。携帯電話は通じないし、固定電話は話し中ばかりだ」

「テレビはどうなってる。誰か捜しに行ったんだろ」

 何人かの声が一斉に聞こえた。

 全員が殺気立っている。その中で村津だけがいやに落ち着いて、隣の部屋からホワイトボードを押してきた。

 優美子がやってきた。

 森嶋たちを見て驚いた様子だった。

「遅れてごめんなさい。財務省を手伝っていたの。やっぱり村津さんは来てたのね」

 森嶋の側に来て小声で言った。

「今日は全員、ここに泊るつもりらしい。帰る手段がないので仕方がないけど」

「このビルの地下には非常用の備蓄品がある。誰か行って取って来てくれ」

 村津が森嶋たちに向かって言った。

「エレベーターは止まってます」

「歩いて行けばいいだろ。私のロッカーにデイパックが入ってる。あれを持っていって、出来るだけの食料と水と毛布を持ってきてくれ。還暦をすぎた年寄りを使うのは心苦しいだろう」

 千葉を含めた数人が飛び出して行った。