森嶋は携帯電話のボタンを押しながら部屋を飛び出した。

 四ツ谷駅の改札を出ると、優美子の姿が目に入った。

「緊急事態って何なのよ。つまらないことだったら承知しないから。部屋を片付けてた途中なのよ」

「1人で聞いても自信が持てそうにないんだ。きみは大学受験で地学を取ったって言ってたよな。僕より地震の知識はありそうだ」

「そんなの関係ないわ。もう地震の話なんて聞きたくもない。これで東京にはしばらく地震は来ない。安全な町になったって、みんな言ってるわよ」

「だったらいいんだけどね」

 研究所の高脇の部屋に入ると、数台のパソコンの前に高脇を含めて5、6人の男女が集まっている。30歳前後の者がほとんどで、おそらく高脇が最年長だ、学生らしい者もいる。

「もう一度、俺たちの前で説明してくれないか。電話じゃいまひとつ理解できなくてね」

 森嶋の言葉に高脇は優美子をじろりと見て、パソコンの前に来るように言った。

「地震はある意味、非常に単純なメカニズムで起こる。地球の地下には厚さ何十キロもあるプレートがいくつもあって、常にわずかずつ動いている。そういうプレートがぶつかり合ったり、重なり合っている部分が日本列島の下にいくつかある」

「テレビでよく見るやつね」

「そのプレートの動きが、ぶつかっているプレート同士で阻害され、徐々にプレート内部に歪エネルギーが溜まってくる。その歪エネルギーが一気に放出されたのが地震だ。このエネルギー放出には時間的な間隔があるんだが、その間隔が百年、二百年、さらに数千年と長いんでなかなかその詳細がつかめない。しかし最近はコンピュータの進歩でコンピュータ・シミュレーションが出来るようになって、何が起こっているか予測出来るようになった」

 高脇はマウスを動かした。

 ディスプレイにグラフが現われた。横軸に時間、縦軸にはエネルギー放出とある。

「この飛び出しているのがエネルギー放出、つまり地震だ。これが2日前の地震だ」

 一つの大きな波形を指した。

「このピークが昨日のような地震で、何度か繰り返されて最後の大きな山に到達する。マグニチュード8クラスの巨大地震だ」

「確かなのか」

 回りの男女は無言で森嶋たちを見ている。そのことがかえって真実味を高めている。

「しかし、今度の地震については誰も予想できなかった」

 森嶋はディスプレイを見つめたまま言った。