携帯電話が鳴り始めた。理沙だ。一瞬迷った後、ボタンを押した。
〈森嶋君、高脇准教授って知ってるわね。東都大学、理学部の先生よ。前に言ってたわよね。あなたの高校時代の同級生なんでしょ〉
「彼がどうかしましたか」
〈先日の地震を予知してたって、マスコミは大騒ぎよ。政府は知ってて発表しなかったんでしょ〉
「なんでですか」
森嶋は思わず訊き返した。
優美子が携帯電話に耳を近づけてきた。
〈私が質問してるの。政府は、高脇准教授の東京直下型地震のレポートを地震の前に手に入れていたと聞いてるわ。そして彼は官邸にも呼ばれている。それは本当なの〉
間違いはない。しかしそれは、誰も知らないはずだ。
森嶋が黙っていると理沙は続けた。
〈政府はパニックを避けるために国民に知らせなかったとでもいうの。だったら大問題よ。テレビでは早ければ今夜遅く、新聞は明日の朝刊。一面トップを飾るわよ〉
「高脇本人がそう言ったんですか」
〈彼か、彼でないとすると研究室の誰かよ。たぶんね。30分ほど前にメールやネットでコンピュータ・シミュレーションの結果と一緒に送ってきたり、研究室のブログに載せてたのよ。あなた、心当たりがあるんでしょ〉
30分ほど前というと、森嶋たちが高脇と会っていた時間だ。
「理沙さんなんでしょ。もうぜんぶ言ってしまったら」
慌てて携帯電話を優美子から遠ざけたが、あとのまつりだった。
〈優美子さんと一緒なの。ねえ、これから会いましょ。あなたたちどこにいるの〉
優美子が森嶋からひったくるように携帯電話を取った。
「私たち四谷です。理沙さんはどこですか」
〈永田町よ。これからタクシーに乗る。そっちに向かうから、どこか喫茶店にでも入ってて。10分後に電話するから〉
一方的に言うと電話は切れた。