TBSラジオ『Session-22』でパーソナリティを務め、日々、日本の課題に向き合い続けてきた荻上チキによる新刊『日本の大問題――残酷な日本の未来を変える22の方法』が7月19日に刊行された。【経済】【政治】【外交】【治安】【メディア】【教育】――どこをみても「問題だらけ」のいまの日本の現状と、その未来を変えるための22の対応策がまとめられた同書のエッセンスを紹介していきます。
日本の財政状況の現状
まず財政の現状について簡単に概観しておきましょう。経済成長率の鈍化は、日本の財政に大きな影響を与えています。
1990年代以降、日本が、低成長期・デフレ不況期に突入していくと、如実に税収が減っていることがわかります(一般会計税収の推移)。その一方で、歳出(=政府の支出)が増えていることも見て取れるのがこの図です(一般会計歳出の推移)。収入は減っているのに、使うお金は増え続けてしまっているわけです。
政府の支出が増え続ける理由のひとつは、社会保障費の「自然増」によるものです。少子高齢化の現在、高齢者の数は毎年増え続けていきます。そのため、年金や医療費などの支出は、放っておいても自然に増大します。
そしてもうひとつは、景気が悪化し続けていることにより、「不況でみんな苦しくて収入が減っているから、助けなきゃいけない」という具合に、失業対策や貧困対策などの支出が増えてきたことが挙げられます。
90年代以降の日本は、税収は減っているのに、支出が増えるという傾向が続いています。そのバランスをどのように整えればいいのかというのが、大きな課題になっているということです。
日本の「リベラル」の弱点
日本では、再分配政策を唱えつつ、経済成長を促すという主張がなかなか出てこない。つまり、経済成長を求める人は、人権を守るための再分配政策には強い関心を示さず、人権に関心のある人は再分配を求めるものの、経済成長に関してはあまり議論をしたがらない。これは大問題です。
日本に多く見られる脱成長主義論者はまた、多文化主義の実現にも否定的になりがちです。たとえば、これは日本に限ったことではありませんが、右派にも左派にも反グローバリズムを唱える人が数多くいます。
右派は、自国の伝統や文化が外国人に破壊されることに反対して反グローバリズムを掲げるし、左派はグローバル企業によって貧困や格差が拡大することに反対してやはり反グローバリズムを謳う。反グローバリズムという点で、少なからぬ左派が右派と共通の主張をしているわけです。
それに対して、ポール・クルーグマン、アマルティア・セン、トマ・ピケティといった、政治的には左派で、日本でも左派に人気の経済学者も、ひとまず安倍政権の金融政策そのものは評価をする。労働者や移民の権利を守る必要性を唱えると同時に、市場は自由であるべきだと主張する。労働者の権利を守ることと経済成長は相反するものではありません。
そうしたなかで自民党は、今のところ相対的には経済成長と再分配政策の両方をうまくやっています。たとえば安倍政権は、左派がかつて言っていた女性の活躍や教育無償化を打ち出すようになった。これは、皮肉を込めていえば、左派の受動的な勝利であると同時に、プレゼンス上の敗北であるといえます。
10年前の第一次安倍政権であれば、女性の活躍を口にすることなど考えられませんでした。男女共同参画社会基本法に「ジェンダーフリー」という言葉が入ることや性教育を許さず、フェミニズムを叩いていた人ですが、今は女性に活躍してもらいましょうと言っている。なぜなら、そのほうが経済合理性があるからです。一方で、リベラルメディア叩きは加速させてはいますが。
フェミニストやリベラリストは、この状況に対して「女性が経済成長の資源として利用されている」と批判しています。その指摘は重要で、政権は「男女差別撤廃」とは掲げず、あくまで経済合理性の観点から「女性活躍推進」を叫ぶ。そのひとつの表出が、財務省のセクハラ疑惑に対する対応のまずさにも如実に表れていた。それでも、それまで経済政策については、「やらないよりまし」「やれないよりまし」ということで、安倍政権の経済政策は国民から一定の相対的支持を受けていました。