稲葉事件とは、北海道警生活安全特別捜査隊班長の稲葉圭昭元警部が暴力団関係者などと癒着し、覚醒剤の取引を見逃す代わりに拳銃を用意させ、匿名の電話で「ヤクザから足を洗うため拳銃を処理したい。どこそこのコインロッカーに入れている」と通報させる手口などで「首無し」(注・所持者不詳)の押収件数を次々と計上。稲葉元警部はストレスなどから覚醒剤を使用し、さらに拳銃購入のため覚醒剤の密売にまで手を染めていたという前代未聞の事件だ。

 稲葉事件が発覚したのは2002年だが、1995年には国松孝次警察庁長官が狙撃される事件が発生。そうした経緯もあって、警察庁は全国の警察本部に向けて銃器取り締まりの徹底を要請していた。稲葉元警部は覚醒剤の密売で稼いだ金で暴力団関係者らから拳銃を購入し、次から次へと“押収”する自作自演で数々の表彰を手にして「道警銃器対策のエース」と全国に名前を轟(とどろ)かせていた。

 稲葉元警部自ら「恥さらし 北海道警悪徳刑事の告白」のタイトルで出版し、綾野剛さん主演の映画「日本で一番悪い奴ら」にもなったから、御記憶の方も多いだろう。この事件では、稲葉元警部が手柄のために覚醒剤や拳銃の密売というヤクザ顔負けで暗躍していたほか、道警幹部も背後関係を認識しながらノルマ達成のため放置、むしろ推進していたというオマケまでついていた。

 こうした現状を元警部補は憂いている。20代に機動隊員として学生運動に向き合った以外、警視庁本部で汚職事件を長く担当していたため、拳銃を携行して現場に臨場したのは「数えるほどしかない」。しかし「若い頃、教官に『抜く時は命を懸ける時。抜かなければやられる時だけだ。抜く時は警察官のクビも懸けろ』と指導された。触る時は本当に怖かった」と述懐する。

 稲葉事件では拳銃が単純な「数字」にすぎず、和歌山県警などの紛失は殺人可能な武器との認識が欠落していると言わざるを得ない。一方、彦根市の事件では19歳の若者が迷いもなく引き金を引き妻子ある同僚を死に至らしめ、富山市の事件は民間人が訳も分からないまま絶命した。

 元警部補は「警察庁キャリアのお坊ちゃんお嬢ちゃんがケツを叩くばかりではなく、もう少し現場のことを“お勉強”してもらって理解してくれないとね」と手厳しく吐き捨てた。さらに「現場のたたき上げも少し真面目に啓蒙・啓発に努めないと、監察(注・警察内部の監督部門)が『指導・教養に努めたい』(注・警察が不祥事で発する決まり文句)を連発することになっちまう気がするな」と警鐘を鳴らしていた。

※筆者が最終原稿を編集作業中の19日、宮城県警の清野裕彰巡査長(33、警部補に昇進)が東仙台交番で大学生の相沢悠太容疑者(21、死亡)に刃物で襲われ、拳銃を“抜く”間もなく刺殺されるという事件が起きた。地元紙によると、清野巡査長は元高校球児で、仲間思いの優しい性格だったという。心から追悼いたします。