「局所麻酔で、意識があるまま、先生と会話しながらの手術でした。途中『ちょっと押される感じがしますけどね、大丈夫ですよ』とか声をかけていただきましたが、正直、ちょっとどころじゃなく痛かったです。それに恐怖心もありました。でも、術後、ちょっと休んだだけで痛みがうそのように消えて、歩けるようになったんですよ。あの時はうれしかった」

北原医師
痛み治療で名高い、横浜市立大学付属市民総合医療センターの北原正樹医師

 しかし、治療効果は長続きしなかった。1ヵ月ほどで腰痛再発。次に訪れたのは、都心にある大学病院の整形外科だった。診断名は「椎間板ヘルニア」。

 やはり、内視鏡での手術を勧められたが、前回の手術後、すぐに痛みが再発したことを考えると、とても受ける気にはなれなかった。

「それで、『もう手術は勘弁してください』と断ったら、神経ブロック注射を進められました。でも神経ブロックは、以前受けたことがあるんですよ。効かなかったんです。それで断ったら、薬をたんまり処方されました」

 枯れ枝のように痩せ細った手足を震わせながら話す男性は、診察室の椅子に座っているのさえつらそうだった。

 1時間以上にも及ぶ診察の後、北原医師が下した診断は、意外なものだった。

「その腰痛は、手術後のリハビリ不足と栄養失調が原因です。そもそも高齢者に、手術のような侵襲性の高い(患者の体に負担の多い)治療を行うのはどうかと思いますし、手術自体、本当に必要だったのか疑問です。術後に年齢や日常生活に見合ったリハビリをさせないのもいけない。アメリカでは承認すらされていない身体に悪影響のある薬を処方しているのも言語道断。今後は、痛みをコントロールしながら、専門的なリハビリテーションと食事療法を組み合わせて受けていただきます。頑張って、動ける身体を取り戻しましょう」

日本の慢性痛医療は
世界より20年遅れている

「あの男性の場合、ほぼ『医原病』と言っていい。不適切な治療が原因の腰痛です。腰痛に限らず、日本の慢性痛医療は世界より、20年遅れています」

 北原医師は無念そうに語る。

「最も大きな問題は、慢性痛に関する社会的な認知度の低さです。医療者は慢性痛を把握しておらず、一般市民にも認知されていません。現在、日本には約2000万人の慢性痛患者さんがいるといわれ、慢性痛による経済的損失は数兆円に上ると推計されているのに、です」

 とりわけ、国民皆保険制度が整っているヨーロッパ先進諸国(特にアルプス以北の北・西ヨーロッパ諸国)およびオーストラリアとの格差は大きいらしい。