生き物たちは、驚くほど人間に似ている。ネズミは水に濡れた仲間を助けるために出かけるし、アリは女王のためには自爆をいとわないし、ゾウは亡くなった家族の死を悼む。あまりよくない面でいえば、バッタは危機的な飢餓状況になると仲間に襲いかかる…といったように、どこか私たちの姿をみているようだ。ウォール・ストリート・ジャーナル、ガーディアン、サンデータイムズ、各紙で絶賛されているのが『動物のひみつ』(アシュリー・ウォード著、夏目大訳)だ。シドニー大学の「動物行動学」の教授でアフリカから南極まで世界中を旅する著者が、動物たちのさまざまな生態とその背景にある「社会性」に迫りながら、彼らの知られざる行動、自然の偉大な驚異の数々を紹介する。今回、本書の翻訳をした夏目大氏にインタビューを実施。鳥たちの社会性学習について本書の内容に沿って聞いた(取材・構成/小川晶子)。
コウモリの脳を食べるシジュウカラ
――『動物のひみつ』には、動物たちの衝撃的な行動がたくさん紹介されています。コウモリの頭蓋骨をクチバシで破り、脳を食べる習性を持ったシジュウカラに衝撃を受けました。
夏目大氏(以下、夏目):あんなにかわいいのに……って、ショックを受けている人がけっこういます(笑)。これはハンガリーのシジュウカラの話で、同じ洞窟にいるコウモリの頭蓋骨が薄く、つつけば簡単に脳を食べられるからなんですよね。
冬眠から目覚めたとき、コウモリは大きな声を出すそうですが、その声がシジュウカラたちには食料がある合図になってしまう。そして、まだ意識がもうろうとしているコウモリはシジュウカラにつつかれて脳を食べられてしまうのです。
この「コウモリの脳を食べる」という行動が何世代にもわたってシジュウカラたちの間で伝えられてきたというのが面白いところです。「この方法いいじゃん」というのが、代々伝えられているわけです。
牛乳瓶の蓋をこじ開けるアオガラ
――牛乳瓶の蓋をこじ開けるアオガラも、その方法を鳥から鳥へと伝えているんですよね。
夏目:イギリスのある街で、牛乳配達が家々の玄関先に置いていく牛乳瓶の蓋をアオガラがこじ開けて上に浮いたクリームを飲むようになった話ですね。
この小鳥の知恵は数年のうちにイギリス諸島全体に広まりました。鳥たちは、他の鳥の行動を見て真似をする「社会的学習」をしていると考えられます。
コウモリの脳を食べるシジュウカラもそうです。鳥たちは本当に社会的学習をしているのか?ということで、科学的に証明するための実験をしています。
――本書は、動物たちの興味深い行動・現象に対して仮説を立て、実験で証明するというのを丁寧に示してくれているのがいいですよね。
夏目:そうなんですよ。オックスフォード大学の実験で、カラの社会的学習が証明されています。実験では捕獲したカラたちを3つのグループに分け、好物の虫が入った給餌器の使い方を教えました。
1つめのグループには、青い扉を動かせば給餌器が開くことを教える。2つめのグループには、赤い扉を動かせば給餌器が開くことを教える。3つめのグループには給餌器を見せるだけで使い方は教えません。
教育を終えたらカラたちを放して野生に戻します。給餌器をあちこちに置いておき、何が起きるかを見守りました。その結果、情報は地域の鳥たちの間で広まることがわかりました。
実際には赤でも青でも扉を開ければエサが食べられるのですが、赤い扉を開けることを教わった鳥が戻った地域では赤い扉を開ける鳥が多く、青い扉を開けることを教わった鳥が戻った地域では青い扉を開ける鳥が多くなったのです。
――すごいですね。鳥は情報を伝えているんだなぁとよくわかりました。
エサを催促する鳥
夏目:著者のウォード博士が鳥と仲良くなったエピソードも面白かったですね。研究室の窓のところに、ノイジーマイナーと呼ばれる鳥(クロガオミツスイ)がやって来てこちらを見つめるので、エサをあげたんです。
その鳥にケンと名付けて、仲良くなった。ただ、すぐに「あの窓に行けばエサがもらえるぞ」という情報が群れの中で広まってしまいます。研究室に来る鳥が増えて、ウォード博士は対応に追われるようになったため窓を閉めることにしました。
でも、ケンだけは窓ガラスを叩いて合図するんですよ。この秘密の合図もじきに群れの中に広まってしまうだろう……という話でした。社会学者の岸政彦さんのポッドキャスト(「岸政彦の20分休み」)をよく聴くのですが、岸さんもベランダでスズメにパンくずをあげているという話をされていました。
エサを置くのを忘れたときは、早くくれと催促してくるのだとか。催促してくるってかわいいですよね。『動物のひみつ』に書かれていることと同じだったので、本当にそうなんだなぁと思いながら聴きました。
そのうち大勢のスズメがやって来るようになったみたいです。やはり社会的学習をしているのですね。
(本原稿は、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』〈夏目大訳〉に関連した書き下ろしです)
40億年を生き延びた生物が教えてくれること――訳者より
ある日突然、この世界から自分以外の人間が消えたら、と想像したことが誰でも一度くらいはあるのではないだろうか。
自分以外に人がいないとまず、電気が来ない、水道もガスも出ない。電車もバスも走らない。しばらくは生きられるかもしれない。食料はスーパーなどに行けば一応、ある。日持ちのするものもなくはないし、水はある。ただ、それも時間の問題だ。そう長くは生きられないに違いない。
人間は支え合って生きている。つまり人間は「社会的な動物」である、ということだ。それは精神的な意味だけでなく、もっと切実な物理的な意味でもそうだ。群れを成し、集団で生きる動物なのである。どれほど孤独を好む人ですらそうだ。
社会的な動物と聞いて思い浮かべるのはどの動物だろうか。よく知られているのはハチやアリだろうか。動物園でサルの群れを見たことがある人もいるだろう。オオカミやライオンも群れを成すし、イワシなどの魚も水族館で大群で泳いでいるのを見ることができる。集団で生きているものを社会的な動物と呼ぶのだとすれば、そうでないものをあげる方が難しいかもしれない。
本書はアシュリー・ウォード著“The Social Lives of Animals”の全訳である。直訳すると「動物の社会生活」となるタイトル通り、オキアミやバッタからチンパンジー、ボノボに至るまで様々な社会的動物の生態を詳しく解説してくれる。
だいたい進化の順(人間から遠い順)に並べているのだと思うが、読んでいて感じるのは、結局、どの動物も共通の祖先から生まれた親戚なのだなということである。もちろん、種ごとに大きな違いはあるのだけれど、本質的な部分に違いはない。人間もそこに含まれる。著者も文中で言っている通り、人間と動物の違いは量的なものでしかなく、質的なものではないということだ。
四十億年の時を超えて生き延び、今、生きているのだから、方向はそれぞれに違えど皆、必要にして十分な進化を遂げてきたのである。その意味で等価だ。どの生物も違う歴史をたどればまったく違ったものになっただろう。いずれも偶然の産物である。
皆、生き延びて子孫を残す、という目的は共通なのに、置かれた環境、経てきた歴史の違いにより私たち人間とどれほど違った、どれほど驚異的な生態の動物が生まれたのか、本書はそれを教えてくれる。
本書は一応、分類すれば「ポピュラー・サイエンス」の本ということになるのだが、読むのに高度な科学知識は必要ない。もちろん著者は専門の研究者として極めて科学的に研究をしているのだが、その成果の一つである本書は、言ってみれば「異文化理解の本」になっているからだ。
相手は人間ではなく、人間とは異種の動物たちだが、それぞれがどのような社会を作りどのように暮らしているかを知る、という意味では、外国の文化、社会を知る、というのと本質的には同じである。自分と異質なものを知りたいという好奇心のある人ならば誰でも楽しめるし、得るものがある。
本書にはもちろん、知らなかったことを知る喜びがあるのだが、単に雑学知識が増えるということではない。最も大事なのはそれまでになかった新たな視点が得られることだろう。視点が増えれば、長期的には人生がまったく違ったものになる可能性がある。本書が読者にとってそういう一冊になれば訳者にとってこれ以上の喜びはない。
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「「渡り鳥がVの字で飛行する際の驚くべき省エネ戦略や、ライオンの子殺しの真相など、次々と「動物のひみつ」が明らかになり、人間や動物の社会性って何なんだろうと考えさせられる。辞書のように分厚い本だが、あれよあれよという間に読み進んでしまい、感動の読後感が残った」(竹内薫氏・サイエンス作家)
☆ダヴィンチWEB・書評掲載(2024/4/10)☆
「突き抜けた動物愛を持つウォード博士の視点は、まさに独特。目次を見ると「シロアリは女王のために自爆する」「ゴリラは自分の罪をネコになすりつける」「クジラは恨みを忘れない」など、どれも興味深いものばかりです。厚さ約4センチで、読み応えたっぷりの一冊」(中村未来氏)
☆世界各国で絶賛続々! あなたの世界観が変わる瞠目の書!!☆
山極壽一(霊長類学者・人類学者)
「オキアミからチンパンジーまで動物たちの多彩で不思議な社会から人間社会の本質を照射する。はっとする発見が随所にある」
橘玲(作家)
「アリ、ミツバチ、ゴキブリ(!)から鳥、哺乳類まで、生き物の社会性が活き活きと語られてめちゃくちゃ面白い。……が、人間社会も同じだと気づいてちょっと怖くなる」
サンデー・タイムズ紙
「非常に印象的な本だ。ウォードは動物を細部までよく見ていて、生き生きと書いている」
ガーディアン紙
「魅力的で並外れた物語。サイエンスの面白さを伝えるとびきりの贈り物だ」
ウォール・ストリートジャーナル紙
「あらゆる場面で読者を驚かせるものが待っている。この本を支えているのは、著者のストーリーテリングの天賦の才能だ」
スティーブ・ブルサット(エディンバラ大学教授・古生物学者、ニューヨークタイムズ・ベストセラー著者)
「著者は動物が一般に考えられているよりもずっと社会的であることを明らかにする。最新の科学に深く切り込みながら、古い固定観念を打ち砕く。著者が描くのは、牙と爪で血の色に染まった自然ではなく、協力と協調にあふれた自然の姿だ」