例えば、受験である。受験競争が過酷で、子どもたちがかわいそうだから、競争を緩和する必要がある、また多様な学生の確保が大切だということで、様々な推薦入試が行われるようになった。

 そこで私立大学では、半数以上が筆記試験なしに入学している。推薦入試は国立大学でも推進されており、これからもっと推薦を増やすようにといった通達が出されている。

 生徒の受験をめぐる競争は規制しよう、排除しようということになるのに、どうして低価格を争う自由競争に苦しむ企業のために、競争は規制しよう、排除しようということにならないのか。

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「自分は正しいことを主張している」と思っていても、こちらの理屈が相手に通じないのは少なくありません。いったい、どこに問題があるのか、その心理を説き明かします!

 さらにいえば、学校は勉強する場であり、会社は仕事をする場である。会社では年功賃金が崩れ、実力主義、成果主義が重視され、いわば仕事能力による自由競争の世界に移行するのが正しいとみなされている。それなのに、なぜ受験では学力による自由競争を排除するのが正しいとみなされるのだろうか。

 このようにみてくると、自由競争が正しいのか、競争は規制もしくは排除するのが正しいのか、という問題には、どちらが正しいという正解がないことがわかるだろう。

 どうしたいかがあるだけなのだ。

 立場が違えば物事を見る構図が変わるし、持ち出す理屈も当然違ってくる。ゆえに、こちらの理屈が相手に通じず、議論がどうにも噛み合わない時は、立場の違いを考慮する必要がある。

 立場の違いを理解するためには認知的複雑性を高めなくてはならない。認知的複雑性が高い人であれば、異論に対しても感情的に反応せず、その利点を取り込みながら冷静に対処することができる。そうなれば、組織の硬直化を防ぎ、思いがけない状況に遭遇しても冷静に対応する力の強化にもつながる。

 頭の体操のように感じられるかもしれないが、健全な組織を作るためには、そうした心理教育も必要ではないかと思う。