そのときに特殊部隊をつくるぞ、と本格的に動きます。

 といっても、そのためのスタッフは私を含めて4人。特殊部隊の新編成となると、防衛力整備全体に影響が出ます。予算の捻出もしなければならない。

 新しい組織をつくって、新しいものを買うとなったら、それに純増で予算がプラスされるわけでもなく、何かを削って予算を確保しないといけないわけです。これはまわりからも当たり前のように反対されます。

 そこで私は“外圧作戦”に出ました。「冷戦後の国際環境において特殊部隊は不可欠。しかし、日本だけそういう部隊がないんです」と一所懸命に訴え、外からプッシュして自衛隊や防衛庁を動かす。それが功を奏して、現実的に動き出したのです。

 そうすると今度は、「特殊部隊を編成するのはいいが、誰がどうやってつくるのか」という話になりました。そこで「はい! 私が行ってきます」と手を挙げ、アメリカ軍の特殊部隊へ留学したのです。

41歳で挑んだグリーンベレー特訓
「何日持つかな」と誰もが思った

 私がこれまでの人生でもっとも緊張感を楽しめたのは、アメリカ陸軍特殊部隊の教育コース(グリーンベレーQコース)での軍事訓練です。そのとき、41歳でした。通常、このコースに参加するのは、全米から集められた超有能な人材ばかり。ほとんどが20代です。

 まわりからは「いくら荒谷が体力に自信があるからといって、40歳を過ぎてからやることじゃないだろう」と言われましたし、一緒に訓練をする同期たちは、「おいおい、日本から来たあのロートルのカーネル(年寄りの大佐)、いったい何日持つかな」と噂をして、賭けをしていました。ちなみに、「1週間以上持つ」に賭けた人はゼロでした。