登山に挑むことが
危機管理能力を鍛える

 ありとあらゆる「危機」に備え、不測の事態が発生しても、適切な状況判断を行ってダメージを最小限に抑える――「危機管理」のスキルは、ビジネスパーソン、特に経営者ならば必要不可欠であることは言うまでもないだろう。

 ただ、このようなスキルを磨く場は、日常生活では少ない。

 一部の企業、一部の経営者は、架空の「危機」を想定したシミュレーションや、緊急記者会見のトレーニングを定期的に実施しているが、それでも日本全体で見ればかなり少数派だ。大多数のビジネスパーソンは、「うちの会社も何か起きたらどうするんだろう」と漠然とした不安を抱きつつ、特に何をするわけでもなく日常を過ごしている、というのが現実なのだ。

 この悶々とした思いこそが、ビジネスパーソンを「山」へ向かわせているのではないか、と個人的には考えている。

 言うまでもないが、山では一瞬の気の迷い、判断ミスが大きな事故につながる。それを避けるために綿密な計画を立てて、万全の準備もするわけだが、相手は大自然なので、こちらの想定通りに物事が進むとは限らない。急に悪天候になることもあるし、怪我や体調不良に見舞われるなどのアクシデントも多発する。

 このようなさまざまな「危機」を回避したり乗り越えたりしなくては、頂上という目標を達成して、再び安全に麓まで戻ってこれない。つまり、登山とは、「危機管理のカタマリ」と言っても差し支えないのだ。

 これを意識した、あるいは無意識で感じ取っているビジネスパーソンたちが、己に足りないものを求めて「山」へ足が向かっているのではないか、というのが筆者の仮説である。「はいはい、妄想お疲れさん」という声が聞こえてきそうだが、これがそこまで荒唐無稽な説ではないということを、身をもって証明している人物がいる。

 登山家・小西浩文氏だ。

 山が好きな人ならば、聞き覚えがある名前だと思うが、小西氏は標高8000メートル峰に「無酸素」で挑むプロ登山家である。

 ご存じのように、これくらいの高度になると、平地と比べて酸素は3分の1程度。息苦しいどころではなく、普通の人間ならば30秒ほどで失神する。ゆえに、通常は酸素ボンベを背負って、マスクで酸素吸入をしながら登頂するのだが、小西氏は己の肉体と精神力だけで挑みたいという信条のもとで、酸素ボンベなしで登ってきた。1997年には日本人最多となる「8000メートル峰6座無酸素登頂」を記録している。