リクルートに学ぶ従業員のインセンティブ設計

朝倉:日々の株価の動きって、経営者にとってもコントロールできるものではないし、後からついてくるものです。ただ長期的に見た時、市場のベンチマークや同業他社に勝る企業価値の成長を実現していかなければならない。これは大前提の話だと思います。それを踏まえて、今の話には2つの論点があるんじゃないでしょうか。1つ目は、そもそも従業員レベルだと直接の恩恵を得られることがないために想像しづらいかもしれないけれど、会社の価値向上を目指していくことは会社経営や資本主義のルールだと知ってもらうこと。2つ目が、そのための適切なインセンティブ設計をすること。

 たとえば、営業マンが自社商品をなるべく多くの人に使ってもらおう、買ってもらおうと考えて行動するのって当たり前のことじゃないですか。誰も「なんで商品を売らなければいけないんですか?」なんて疑問ははさみませんよね。会社が潰れてもいいやと思って、喫茶店でサボるのが良くないことだということは、常識的に考えて誰でもわかるはずです。事業や会社の価値を上げていくこと、その結果として株価が上がっていくということも、より多くの人に商品を買ってもらうべく営業しようとするのと何も変わらず、当たり前にやるべきことなんだよと。そうした当たり前の「ルール」が、なかなかわかりづらいことが一つの課題点なのかなと思います。良いこと云々という以前に、これはそういうルールなんですよと知ってもらうべきなんじゃないでしょうか。

 『ファイナンス思考』でも述べていますが、ファイナンスの発想というのは、会社がどうやってうまく儲けることができるかっていうHow的な要素もあるけれど、「そもそも会社とは何を目指すのか?」というWhyにも関わる内容です。そのうえで、従業員のインセンティブ設計をどうするかですね。

 非常に印象に残っているのは、リクルートがなんであんな莫大な借金を返済して力強く伸びているのかについての藤原和博さんの解説です。大きな事件を起こしながらも再成長を果たしているのか。リクルートの場合は初期から従業員持株会をしっかり設けて、「全員経営」というのを、綺麗事ではなく実態として体現しているからだと、藤原さんは述べています。単に「オーナー意識」ではなく、従業員自身が本当にオーナーなわけです。そうした経営設計を、初期段階からどれだけ意識して作っていくかによって、後々に大きく違いが出てくるんじゃないかと思います。

小林:本当に仰る通りですね。きちんと従業員にインセンティブを付与することを、かなり長期的に設計してきた会社であるがゆえに、あれだけ意識付けできたっていうのはあるでしょうね。

村上:株価は経営者の成績表みたいなところがあります。株価が自分の評価よりも低い場合は是正するIRをしたほうがいいです。しっかりと成長が反映されていれば、自分のやっていることに対してマーケットは信任を与えてくれていることになります。政治家の世論調査の結果のように、経営者はある程度株価を意識すべきです。ただ、振り回される必要はない

 一方、インセンティブが連動していない従業員が、日々株価を意識して動くのには無理があります。だからこそ、社内に対してきちんとコミュニケーションしていくことも大事だと思うんですよね。ステークホルダー・コミュニケーションって、IRなど、外向きの内容を意識しがちですが、内向きにコミュニケーションできている会社は経営の意識が上がっていると思います。

 経営者と従業員の認識がズレがちなところ、社内コミュニケーションをしっかりすることで、会社の価値向上に向けた意識付けをしていく。それに従業員持株会が加われば、より経済的なインセンティブと合ってくるかなと思います。

朝倉:先日、ある上場会社の従業員200名くらいに対して「ファイナンス的な考え方は重要ですよ」というお話をする機会があったんです。そこで、実際に上場株の投資家に、事前に「この会社の株を買いたいと思いますか?」と尋ねておいたんです。答えは「まったく買いたくありません」というものでした。この投資家は「現在のこの会社の株価水準はどう考えても高すぎる」と考えているわけですよ。

 これって、事業が本質的に良いか悪いか、世の中の役に立っているかどうかといった現場の事業視点とは根本的に異なる、別次元の話ですよね。別次元の話なんだから、「買いたくない」と言われたからといって、なにも現場の従業員の方々が意気消沈する必要はない

 だけれども、別次元の話だと認識しつつ、そういう観点で自分たちは見られているんだということを、知っておくことはプラスに働くと思うんです。そうした投資家の観点を、「事業もやっていない人間が勝手なことを言っている」と片付けちゃいけない。日々の業務とは別次元かもしれないけれど、そうした投資家から資金を預かっている以上、期待に応えていくことも自分たちの重要な役割であるということを、知っておくことは非常に重要だと思うんですよね。

*本稿は、Voicyの放送を加筆修正し(編集:箕輪編集室 こいしはらみか、新井大貴、橘田佐樹)、シニフィアンのサイトに2018年11月22日に掲載したものを一部改編しています。