知り合いが多いことがステータスとなりうるのはツイッターに限った話ではなく、SNS全般に見られる現象である。中高生などの若い世代では特に顕著で、「知り合いが多い方が偉い」という基準の下に格付けが行われることもある。

「それからは、積極的にフォロワー数を増やそうと活動するようになりました」

 フォロワー数が100人を超えるとタイムラインの情報量はかなりのものになった。フォロワー数がもっと多いアカウントも珍しくはないが、Aさんは一人ひとりのフォロワーとみっちり向き合おうとしたから大変だった。

「フォロワーが増えてツイッターがさらに楽しくなりましたが、使命感、義務感も強くなりました。フォロワーさんのツイートはひとつ残らず目を通さなくてはいけないと気負っていて、意識してはいませんでしたがプレッシャーを感じてもいたと思います」

 仕事などで忙しいのが続く1週間、ツイッターの確認はAさんにとって大きな負担となった。

「なんとか時間を確保して少しずつ未読のツイートを消化していくのですが、100人分のツイートですからどんどん新しいのが更新されていって一向に追いつく気配がない。ツイートに目を通せていない罪悪感があり、『最近タイムライン追えてなくてすみません』とツイートしたこともあります。

 忙しい週は苦肉の策で週末に一気に取り戻すことにして、それで一段落つけていました」

 課題に追われる勤勉な学生さながら、Aさんは生活を続けた。

 しかしある週末のこと。みっちり予定が詰まってしまいツイッターを開く時間すら持てなかった。過去のタイムラインをざっと読んでいかなければならないため、Aさんにとってもある程度心の準備が必要な作業である。時間を確保することが難しかったのに加え、心身ともに疲れ果てていたAさんに、その作業に向かう気力は湧いてこなかった。

「率直にいって、疲れているときにタイムラインを追う作業は『面倒くさい』です。『またあれをやらなくちゃいけないのか』と。

 それと、月曜を迎えてタイムラインが追えていないことへの罪悪感はひとしおでした。自分の方で勝手に気まずさがあって、ツイッターを開くのがなんだかこわいというか、壁を感じてしまい、それ以来ログインすることはなくなりました」

 Aさんなりの真摯(しんし)さで向き合ってきたからこその揺り戻しがここできたようである。

「始めたての頃のように、フォロワーがもっと少なかったら続けていたと思います。あるいは自分に流し読みするくらいの、いい意味での適当さが備わっていれば続けていたのかも。

『また同じ趣味の人とSNSで盛り上がりたい』『仲が良かったあのフォロワーさんとまた交流したいな』という気持ちはまだあります。でもいきなりログインしなくなった手前、急にログインし直すのもなんだかバツが悪いので、せずじまいです」

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