【おとなの漫画評vol.14】
『乙嫁語り』
既刊11巻 2019年1月現在
森薫 KADOKAWA
陶然とするほど美しい描画
ページを繰るのが申し訳ないほど
作者はじつに意外な舞台を選び、読者の想定を超える物語を進めている。時代は19世紀の中葉、物語の舞台はトルキスタン(中央アジア)のあちらこちら。主人公は中央アジアを旅行中のイギリス人の20代青年、ヘンリー・スミスである。彼が出会う中央アジアの人々の生活、結婚、戦いを描いている。連作小説のような趣だ。青年スミスは西洋世界との接点を担い、現代日本の読者のガイドともなっている。
今のところ、物語の予測はつかず、最終的な目的もつかみにくいのですべて推測である。しかし、確言できることがある。作者、森薫の絵が陶然とするほど美しいことだ。細部まで克明に描き込んでいるので、読者は絵の中に吸い込まれていく。原画を1枚ずつ額装したいくらいだ。
このコラムでは、「トルキスタン」と「中央アジア」をほぼ同じ地域を表す言葉として使う。シルクロードの中継地である中央アジアは東西民族の遺伝子も入り混じり、美男美女が多いことで知られる。女性の美しさは気絶しそうなほどだが、豪華で装飾的な民族衣装も素晴らしい。シルクの生地に刺繍を入れ、金属の装飾品を合わせた鮮やかな色彩が目を奪う。製作はもちろんハンドメイドだから、おそろしく時間がかかりそうだ。
作者はこれらの刺繍や装飾品まで、細かく観察して漫画に描き起こしている。このようなていねいな作画は例がないのではなかろうか。ページを数秒でめくるのが申し訳ないと思える。