当時、歴戦の強者である先輩方とこれからのマーケティングのあり方を議論し、多くを学ばせていただくなかで、先輩の一人が語ったこんな言葉がいまでもはっきりと印象に残っている。

「いいか、佐宗くん。たしかに、P&Gのマーケティングが市場のゲームに勝てているのは、データに基づいて徹底的に考え抜いているからだ。ただし、そのP&Gでさえ、利益の8割方は『新しいゲームそのものをつくったひと握りのマーケター』に負っているんだ。戦略思考やフレームワークといったものは、ゲームの残り2割を補うためのツールにすぎない。絶対にそのことは忘れちゃいけないよ」

「新しいゲームをつくる」というのは、シェアが落ち続けているブランドを立て直したり、新たなブランドを立ち上げて成功したりすることを意味する。

既存のルールのままでは勝てないとき、まだ市場には存在しない新たなルールを設定することで、ゲームそのものを変えてしまい、これまでとは「別の勝ち方」をする――そんなマーケターこそが貴重だと言うのだ。

データと論理による意思決定が徹底された企業で育った先輩たちが、「『ゲームをつくれるマーケター』をどう育てるか」という問題意識を持っていたことには驚くほかない。

「戦略の荒野」で圧倒的に勝とうとしたら、教科書的な戦略思考だけでは、どうしても達成できない局面があるのだ。そんなゲームをつくれるマーケターがいるとすれば、それは、この世界の外部で育った「外来種」なのではないかと僕はぼんやりと考えていた。

他方、この「荒野」における弊害として、もう1つ忘れてはいけないものがある。

シンプルに言えば、個人が「疲弊」してしまうことだ。結果がすべてだとされるこの大地では、自分があげた成果が「職位」「年収」「転職」などのキャリアップにかなりわかりやすく反映される。

夢中になって駆け回っているあいだは何も問題ないのだが、このゲームには「終わり」がない

高みに行けば行くほど、並外れた思考力を持っている人、強靭なバイタリティを持つ人、経済団体や政治などの圧倒的な既得権益に守られている人ばかりが目に入ってくるし、下からは「嫉妬」の矢が飛んでくるようになる。