同社での僕は、布用消臭剤の「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品のマーケティングを手がける機会をいただいたほか、髭剃りの「ジレット」のブランドマネジャーも経験した。そこでもつねに求められていたのは、データ重視の戦略づくりだ。
商品の売上をユーザー数、使用頻度、家族内の使用人数、アイテム数などに分解し、今後の課題や見落としている機会を特定する。そうやって仮説をつくったら、あとはそこに予算をつぎ込んでマーケティングプランを実行に移し、効果を検証する。その繰り返しだ。
こうしたデータ・ドリブンのマーケティングは、滅多なことがない限り、大きな失敗をしない。勘や思いつきに頼った場合と比べれば、はるかに「打率」はいいはずで、安定してビジネスを伸ばしていけるというメリットがある。
他方で、弊害がないわけではない。最も典型的なデメリットは「データ病」だ。数字やデータに基づいた意思決定を繰り返すうちに、明確なエビデンスなしには何も決められない風土が蔓延する。
こうなると、新しいチャレンジが生まれなくなり、既存ビジネスをどう伸ばすかだけに発想が固定されてしまうのだ。また、スピードに欠けるところがあるため、あまりデータを重視していない競合他社に、市場の新たな兆しをことごとく先に捉えられてしまうこともよくある。
とはいえ、職場にはそうした風土に対する明確な問題意識も存在していた。
当時のP&Gには、いまや「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」の再建などでも有名な森岡毅さん、「アリエール」や「ジョイ」を手がけた現・吉野家の執行役員の伊東正明さん、現・日本コカ・コーラの副社長の和佐高志さん、前・資生堂の最高マーケティング責任者(CMO)である音部大輔さんなど、マーケティング界のスーパースターがひしめいていた。いまでは一部で「P&Gマフィア」などという呼び名もあるほどだ。