頭では無謀だとわかっているけれど…
なぜか撤退だけは頑なに拒む

 例えば、組織外からも、中からも「無理じゃないですか」という声が上がるような無謀な話でも、聞く耳を持たずに進めようとする。

「ここまでやってきたのに、そう簡単にやめられるか」
「これまではこのやり方でうまくやってきた。無責任な外野に何を言われようとも、これを変えるつもりはない」
「先人たちが成長をさせてきたこの事業を、そういう無責任さでやめられない」

 なんて感じで、断崖絶壁へと続く一本道でアクセルを深く踏み込んで、残念な結末を迎えてしまうのだ。

 頑固だから、独裁者だから、ということとは、ちょっと違う。組織内ではむしろ、現場からの声にもよく耳を傾けるし、調整型リーダーだったりする。しかも頭では、これがいかに無謀な話なのか薄々勘付いている。しかし、なぜか「撤退」という決断だけは、頑なに拒むのだ。

 そんな「撤退できぬ病」が、暴走する組織ではちょいちょい見られる。最近では、入居者数を増やすための杜撰な効率化や納期短縮という「創業者の無謀な計画」から撤退できなかったレオパレスが典型例だ。

 と言うと、「確かにそういう組織もあるが、日本型組織みたいにひとくくりにするな!」というお叱りを受けるかもしれないが、とにかく数字さえ合えば問題ナシという「員数主義」や、「指導」と言えば、「上」は「下」にどんな理不尽な仕打ちをしてもいいという「新兵いじめ」などなど、日本型組織のベースをつくった旧日本軍も、「撤退できぬ病」で破滅の道をつき進んでいる。

 わかりやすいのが、「インパール作戦」である。

 およそ3万人が命を落とし、世界中の戦史家から、「太平洋戦争で最も無謀」とボロカスに酷評されるこの作戦は、世間一般的には、軍国主義に取り憑かれた大本営がゴリゴリ押して進められた、というようなイメージが強いが、実態はそうではない。

 大本営というエリート集団が総じて「撤退できぬ病」に蝕まれていたため、腹の中ではこれはもう無理だと思いながらも、誰一人として「撤退」を強く主張しなかった。そして、なんとなくうやむやのまま、作戦が進められてしまったのだ。