令和の社会を生きる子どもを幸せに送り出すための育児書、『子どもが幸せになることば』が、発売直後に連続重版が決まり、大きな注目を集めています。
著者であり、4人の子を持つ田中茂樹氏は、20年、5000回以上の面接を通して子育ての悩みに寄り添い続けた医師・臨床心理士。
本記事では、「言いたいことを言える力」を育むために、親ができることを、エピソードと一緒にお伝えします。(構成:編集部/今野良介)
「悪口を言うように命令されて、従ってしまった」
小学1年生。男の子の母親からの相談でした。
「息子はやさしい子だが、嫌なことが嫌と言えない。同じクラスの友人から、他の子の悪口を言うように命令されて、従ってしまった。そのために先生から叱られた。子どもに聞いたら『本当は言いたくなかったけれど、嫌だと言えなかった』とのこと。どうしたら、嫌なことを嫌だと言えるようになるでしょうか」
言いたいことが言える子に共通する特徴は、親に向かってズケズケものを言うことです。言いたいことをなかなか言えない子は、その逆。親の言うことは素直に聞けるけれど、親に対してはものが言えない。とくに「親が喜ばないようなこと」を言うのが苦手です。
だとすれば、自己主張できる子を育てるために親が心がけることはシンプルです。子どもが自分の思いを話したときに、まずは「話した」「意見が言えた」ということを、しっかり認めることです。
よく勘違いされる方がいますが、子どもが話したことを認めるというのは、子どもの言ったことをそのまま受け入れるとか、賛同するのとは違います。親は、自分の意見と違うのであれば、主張したらいいと思います。
内容ではなく、子どもが意見を表明したことを認めるのです。「褒める」といってもいいと思いますが、もっと正確な言葉としては、「関心を示す」ということです。
「ふーん、おもしろいこと言うなぁ」とか「へえ、そういうふうに考えているのね」とか、伝え方はいろいろあると思います。心に浮かんだことを言葉にしたこと、そのものを、親として喜ぶのです。これは、思春期と言われる第二反抗期に、親にとって、とても役に立つ心構えになります。
中学生になると、子どもも親と同じように賢くなってきます。それでも、親のほうがものを知っているのは当然です。親と違う意見を言ったり、反対の考えで立ち向かう(いわば「たてつく」)のは、子どもにとってはとても勇気のいることです。
ほとんどの場合、親から見れば、親の考えが正しくて、子どもの考えは浅かったり無謀だったり、根拠に乏しかったりするでしょう。でも、そういうときは「チャンス」だと、心に留めておかれるといいでしょう。
私も何度も経験がありますが、子どもがムキになって、親から見ればおかしなことを言ってくると、「この子のためにもこれは正してやらないと」と不安になって、こっちもムキになって言い返してしまいがちです。
しかし、子どもにすれば、幼いころから大いなる存在であった親に立ち向かうのは、かなり悲愴な覚悟を伴うものです。だからこそ親は、心にゆとりを持って、主張の内容ではなく、意見を表明した勇気を認めること。そうすることで、子どもには自己主張の力が育ちます。
大切なのは、「正しいことを言う力」ではなく、「正しかろうと間違っていようと自分の思いを表明する力」です。
間違った考え方も口に出して相手に伝えられたら、相手が正してくれる可能性も高まります。でも、外に出されなければ、そもそも正しいか間違っているかすらわからないままです。親は格好の練習台です。親としては、子どものためには「負けるが勝ち」です。子の意見に賛成できないのであれば、控えめに主張すればいいでしょう。
しかし、議論の正しい結末を求めて「論破」するのではなく、何よりも、乏しい根拠でもがんばって意見をぶつけている勇敢さを喜ばしいこととして認めること、歓迎すること。それは、親から子への大いなる贈り物になると思います。
「考え方が間違ったままだと、学校や社会で子どもが恥をかくんじゃないか」とか、「困ったことになるのではないか」などと、親としては心配になりますよね。でも、それは子ども自身が立ち向かい、乗り越えて行くべき大切な試練です。
もしも、生意気になってきた子どもと議論になりかけたら、このことをぜひ、思い出してください。ピンチがチャンスになります。