スポーツ界をビジネスの視点から見る「スポーツと経営学」。第3回は、主に競走競技をとりあげ、「競争ルール」について考察する。

ただ走るだけ、なのに

 今回主に取り上げるのは「競走競技」である。定義によってどの競技までを含むか若干の認識の差はあるかもしれないが、ここでは、100メートル競走やマラソンといった「ある特定の距離を最も速く走った人間が勝つ」、別の言い方をすれば「ある特定の距離を走る時間の短さを競う」競技を指すものと思っていただきたい。

 注目すべきは、競技のルールそのものは「ある特定の距離を最も速く走る」という、これ以上ないくらいに原始的でシンプルなものであるにもかかわらず、距離によって、勝つ選手のタイプが大きく異なることだ。当たり前のことのようだが、これはよくよく考えると興味深い話である。

 たとえば、9秒58の男子100メートル競走世界記録保持者のウサイン・ボルトがマラソン(42.195キロメートル競走)に挑戦したとしても、男子マラソン世界新記録の2時間3分38秒というパトリック・マカウの記録を破ることはもちろん、上位に入賞することさえできないだろう。逆にマカウが100メートル競走に登場しても、おそらく平凡な記録しか残せない可能性が高い。

 中距離走もまた別の世界だ。たとえば男子1500メートル競走の世界記録は現在ヒシャム・エルゲルージの3分26秒00だが、100メートル競走の選手もマラソンの選手も、この距離で世界記録を残せる可能性はまずないと断言できよう。1500メートル競走は(英米で人気のマイルレース(1マイル≒1609メートル)はほぼ同等の競技とみなせるが)、ほとんど「専業選手=スペシャリスト」が活躍する場となっている。

 主だった距離別の世界記録(男子)は2012年5月現在上記のようになっている。隣接する距離では同じ選手が記録を持つこともあるが、3、4倍を超える距離で同一人物が世界記録を保持することが極めて難しいことが読み取れよう。