「殿塚さんは焦っておられるように感じます。あまりに早急に進めたがっています。総理が急ぐのは分かりますが」
森嶋の言葉に村津は黙っている。
「あの人は――癌なんだ。肝臓癌で余命半年と宣言されている」
しばらくしてポツリと言った。
森嶋は何と言うべきか分からなかった。
「殿塚先生が建設大臣だったころ、1年半ばかり秘書官をやった。そのとき、先生の家族とも交流が出来た。政治家と官僚、個人的付き合いは慎むべきなのだが、休みの日など家に呼ばれてね。家族ぐるみの付き合いというやつだ。私が政治家に取り込まれたと言う者もいたが、それは間違っている。各々が信念さえ持っていれば、よりよい結果を生むこともできる。私は先生の良きアドバイザーだったと信じている」
「殿塚さんもそう言っていました」
「彼は道州制の導入を、自分の最後にして最大の仕事だと思っている。多少の妥協には乗ってくる」
村津は妥協という言葉を使った。あくまで政府の側に立っているのだ。
「殿塚さんたちと組むと、首都移転と道州制と、話が二分されませんか」
「表面上は殿塚さんを立てるが、あくまでメインは首都移転だ。しかし、きみが論文に書いているように、車の両輪でもある。意外と上手くいくような気がする。そうは思わないかね」
「首都移転は小さな政府が条件です。小さな政府と地方分権は一体として考えなければなりません。しかし、地方にはまだその準備ができていません」
「準備などというものは、ことが動き出すとついてくるもんだ。発表されれは、1週間もすれば専門家と称する者たちが山ほど出てくる。中には使える者もいるだろう」
「発表はいつです」
「来週だ。今ごろ、総理が殿塚さんに電話をかけている。総理は解散を賭けてもやる気だ」
村津は時計を見て言った。
「総理も癌ですか」
「似たようなものだ。名前を残したがっている。実力以上の名前だ」
「癌よりたちが悪そうだ」
「そうかな」
村津は意味深な言い方をして、笑みを浮かべた。
(つづく)
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