殿塚がコートを脱ぐと、ジーンズにダークグリーンのセーター姿だ。引退した悠々自適の元会社役員という感じだった。とても現役の自由党衆議院議員、殿塚肇だと気づく者はいないだろう。
「気軽な飲み会だ。カジュアルな服装で来るように言っただろう。これじゃ、私が浮き上がってしまう」
殿塚は村津と森嶋を見ながら言った。2人ともスーツにネクタイ姿だ。横にはカバンが置いてある。
「私と森嶋君は仕事帰りなものでして」
「そうだった。この歳になると、つい自分のペースで考えてしまう。妻が死んでから特にそうだ」
殿塚は3年ほど前に妻を癌で亡くしている。前に会った後、インターネットで調べたのだ。
殿塚は森嶋の方に向き直った。雰囲気はまったく違っているが、森嶋を見つめる目は前と同じものだ。
「森嶋君、こんなに早くまた会えるとは思わなかった。以後の経過は村津君から聞いている。首都移転チームのまとめ役になるんだって。おそらくきみが思っている以上に重要な役割だ。だがあの論文を書いたきみなら、立派に果たすことが出来ると信じている」
若い女性店員が注文を聞きにきた。殿塚は店員に軽口を叩きながら、慣れた様子で注文を出している。
「この店は私の孫娘がアルバイトで働いていてね。孫の母親、私の長女に頼まれて、たまに様子を見に来てたんだ。そのうちに店長と顔なじみになってね。孫が辞めてからも私はすっかり常連客になってしまった」
殿塚は笑いながら言った。
「それで、私に話があるとは何だね」
殿塚は村津に視線を戻し、改まった口調で言った。