「成果を問う選挙」と「期待を問う選挙」の本質的違い

 この英国らしからぬ「期待を問う選挙」をしてしまったことは、その後の英国政治の迷走につながった。キャメロン首相の後を継いだメイ首相は、元々離脱派ではなかった。だが、「離脱は離脱だ」と発言して、国民投票の結果に従い、強硬な離脱を目指していった。それが「民主主義を守ることだ」とも強調した。

 だが、メイ首相も英国議会の政治家たちも、「成果を問うてきた」総選挙と「期待を問うた」国民投票の本質的な違いを理解できていなかったと思われる。メイ首相は、高齢者の介護費用の自己負担額を引き上げることを打ち出して、野党やメディアから「認知症税」などと猛批判を浴びた。

 いつものように、「不人気だが必要な政策」を掲げたわけだが、その成果が出ていない17年6月に解散総選挙に打って出て、与党・保守党が過半数(326議席)に届かない大敗北を喫してしまったのだ(第159回)。

 総選挙で圧勝し、強力な指導力でEU離脱交渉に臨もうとしたメイ首相の思惑が裏目に出てしまったのだが、これは「政策の成果」を問うサイクルで行われていた総選挙が、国民投票を挟んだことで、「期待を問う」サイクルに変わってしまったことが大きい。常に選挙では「結果」を冷静に判断してきたはずの英国民が、結果の分からない「期待」を問われることになり、「感情的な判断」をするようになってしまったのだ。

 メイ首相はこの結果にひるむことなく、EUとの離脱交渉を進めた。だが、19年4月、英国はEU離脱期限の延長を決定した。EUとの交渉の過程で、アイルランド・北アイルランド間の国境管理の問題などEU離脱にかかわる多くの複雑な問題に対して、英国議会が納得し、EUの合意を得る最適な解が見つけられなかったのである(第207回)。

 メイ首相が、離脱交渉案について英国議会で過半数の承認を得られなかったのは、離脱派から「この案では、残留と何も変わらない」と怒りを買った一方で、残留派からも「この案なら、離脱したほうがマシだ」と批判されてしまったからだ。だが、メイ首相は、自らがまとめたEU離脱案に固執し続けた。