飢えで苦しむ人を助けるなら……

「もし興味があるなら、何もロンドン大学まで行く必要はない。『ベンサム 死体』でネット検索してみるといい。椅子に座っている彼のミイラを見ることができるだろう。もっとも、首は取れてしまっており、顔は作り物になっている」

「本物の顔は、現在は厳重に保管されているが、少し前まではまるでさらし首のように、無造作に足元に置かれていたそうだ。その写真は結構グロいので、好奇心で見るなら注意してほしい。ちなみに、大学で何か大事なことを決める会議、評議会があるときには、ベンサムの死体は運びこまれ、その会議に出席させているそうだ。議事録にも、きちんとベンサムが出席したことが書かれている」

「さて、ともかくそういうわけで、ベンサムは功利主義の原理を徹底し、自分の死体までもそのように扱ったわけだが……正義くんはこれらの話を聞いてどう思ったかな?」

「えっとそうですね……正直言って引きました。功利主義は、最初妥当な考え方だと思ったのですが、それをここまで徹底されると軽く狂気を感じるというか。もしベンサムが科学の発達した現代に生き返ったりしたら、きっととんでもない主張をするんじゃないかなと心配に……」

「いや、でも、功利主義の考え方は間違ってないでしょ! ていうか、これより正しい考え方なんてどこにもないじゃない!」

 僕のネガティブな感想に、千幸は立ち上がり興奮気味に反論した。そして続ける。
「そりゃあ、ベンサムの行動は一般常識からすれば度を越してるように思えるかもしれないけど、でも、それでも私はハッピーポイントの最大化を目指して行動するのが、一番間違いのない正義だと思います!」

「ほう、ならばキミも功利主義を徹底してみるかね?」
「え?」

「そんなに功利主義が素晴らしい、正義だと言うなら、キミもベンサムのように口だけじゃなく、実際に実践してみるといい。たとえば、キミが毎日食べているお菓子やジュース。それを全部やめて、発展途上国に送金すれば、飢えで苦しみながら死んでいく人間がどれだけ救われるか」