ほぼ幹事 われわれも田中宏和「運動」ですからね。

 自然の中で遊ぶ一方で、音楽についてはどうだったんですか?

ソノシートのジャケット子供の頃によく聴いていたソノシート。

作曲 母が父を説得したんでしょうね。そんなに余裕があったとは思えないのですが、4歳から音楽教室に通い、小学校からピアノを習いました。テレビの「ウルトラマンシリーズ」や「お荷物小荷物」のドラマの音楽が好きでした。ソノシートでサン・サーンスの「動物の謝肉祭」で動物の鳴き声を真似る演奏やドラマ性のある「森の鍛冶屋」も気にいっていました。蓄音機で軍歌唱歌も聞いていましたね。

ほぼ幹事 ジャンルは関係なく音楽を貪るように聞いていらしたのですね。

作曲 そう、そう、とにかく何でも聞いていたのですが、今にして思えば、ドラマの「奥様は魔女」「わんぱくフリッパー」「ローハイド」やベンチャーズなど、アメリカの文化をたくさん浴びました。小学校の高学年になると、ジョニ・ミッチェルやサイモンとガーファンクルの曲を演奏する楽団ものが好きになりました。本人の音楽を聞いてはいないんですよ。もちろんビートルズも聴いていましたが、アメリカの音楽の影響を強く感じています。あと機械が好きだった。

ほぼ幹事 音楽周りの機械ですか?

作曲 テープレコーダーが好きで自分の声やテレビを採ったり、あとゴミとして捨てられているテレビを拾ってきて、ブラウン管を叩き割って部品を板に貼ってました。音楽を聴く時も、一度聴いた後に、次は低音を切って聴き比べてみたりとか。

ほぼ幹事 今とやっていることが変わらないじゃないですか(笑)

作曲 そうなんです。機械をいじるのが好きで、楽器もメカニカルな魅力のあるドラムを小学生ではじめたんです。ドラムを借りてきて自分の部屋で好き勝手に叩いていても親に怒られることは一度もなかった。今から思えば理解のある親ですね。

ほぼ幹事 今、子供にそれをされたら確実に嫌ですね。

作曲 ドラムにいったから、ピアノがあまりうまくならないままに今まできています。むしろピアノが中途半端なのが振り返ると良かったですね。中途半端はいいですよ。自分は根がラテン気質からかもしれないけど。

ほぼ幹事 バンドを組んで人前で演奏はしなかったのですか?

作曲 中学生になって二人組のバンドを作りました。わたしがピアノとギターで、バンド名は「グラス・オニオン」とビートルズ・ナンバーから取りました。文化祭で相方のボーカルが、灯油を口に含んで吹いて火をつけて大問題になったのをよく覚えてますよ。

母親に泣かれて
任天堂に就職

ほぼ幹事 じゃあ、それ以来ずっとバンド活動をされていたのですか?

作曲 そう。大学時代は大阪にいたのですが、キーボード担当でプロになりかけました。大学の電子工学の研究室の教授からは「出て行け」と言われたので無事卒業できて、でも就職する気になれなくてバンドで遠征していたらツアー先に母親から電話がかかってきたんです。「就職しないなら、死ぬ!」と言われたんです。仕方ないから家に帰って、次の日に任天堂に就職することにしました(笑)。