アスタリスクで同様のセルフレジでライセンス契約した事例では、レジ1台あたりのライセンス料は1日約500円だという。単純計算すると、国内800店舗×2台×365日で、年間約2.9億円となる。ユニクロの店舗規模から考えれば、ディスカウントになると考えられるため、実際の負担はもっと軽くなるだろう。

 それでもファストリの知財担当者は鈴木社長に対し、「仮に無効審判が通らなかったとしたら(ライセンス料を)支払わなければいけない」と前置きした上で、「ゼロ円でライセンス提供をして」と提案したことには変わりはない。

「話し合いの途中も、我々を無視してレジを展開していく。そのうえゼロ回答で、これではらちがあかない。勇気を持ってことにあたろうと決断した」と鈴木社長は強調する。

 不可解なのは、この特許トラブルが、ファストリにとってもアスタリスクにとってもまるでメリットのない泥仕合であるということだ。

 ファストリは物流倉庫の自動化のために、今後も1000億円単位で投資を進めていく方針であり、RFIDレジはそのピースの大事な一つである。こうした訴訟で争っている場合ではないし、下手をするとブランドイメージにも傷がつく。

「普通はこういう案件は表面化する前にやめる。アメリカでさえ、90%が判決前に和解する。アメリカは特に、裁判過程でどちらが有利かわかってくるので、分が悪いとやめる。日本の場合、裁判を好まないという国民性がある上に、裁判所が特許を守ってくれないという不安があるので、裁判で争うことは多くない」と藤野氏は言う。ただ、裁判になれば、資本力がある企業が強い。

 ある弁理士は、「アパレルにとって訴訟といえば商標権で、それらの権利訴訟については強い。だが、知財はあまり出願していない会社。特許については甘く見てしまったのではないか」と指摘する。

 この特許侵害騒動は、アパレルや小売業にとって、対岸の火事では決してない。

 オンワードホールディングスの保元道宣代表取締役社長も「RFIDレジは直営店やSCに広げていく」と話している。物流改革やEC化の推進、人手不足の解消のために、RFIDを用いたセルフレジを導入する店舗が増えるのは間違いないからだ。

 この事件が、IT化に出遅れたアパレル業界の知的財産に対する取り組みに一石を投じることになりそうだ。