今年7月に発売された本『成功する人の英語ノート活用術』が話題だ。著者は29歳までまったく英語が話せなかったが、自身が考案した『英語ノート』によって克服。1年後には英語での電話会議ができるようになり、さらに5年後には、英語でのプレゼンテーションや交渉が難なくできるように。現在は、外資系IT企業の日本法人社長を務めるまでになった。忙しいビジネスマンでも続けられる、英語学習法を聞いた。(清談社 島野美穂)

大学時代に挫折
29歳まで英語が話せなかった

英語学習のイメージ
英語が全く話せなかったのに、外資系企業で副社長補佐に――金田氏のピンチを救ったのはシンプルな「1行作文」だった Photo:PIXTA

 NASDAQに上場している外資系IT企業「ライブパーソン (LivePerson)」の日本法人代表として働く傍ら、多数のビジネス書籍を出版する金田博之氏。今でこそ、海外の取引先との商談や、コミュニケーションもすべて英語でやり取りしているが、29歳まではまったく英語を話すことができなかった。

 英語への苦手意識が強まったのは、大学時代。英語力アップを期待し、ESSサークル(English Speaking Society)に入部したものの、それが英語コンプレックスをつくるきっかけになってしまったという。

「ESSに入って初めてスピーチコンテストに出場したときのことです。僕の前にスピーチした人が、ものすごくきれいな発音だったんです。まずそこで自信を失ってしまいました。さらに1ヵ月後に経験した英語でのディベートでは何も話せず、英語力の高い人に一方的にまくしたてられて終わりました」

 英語コンプレックスが払拭できないまま社会人に。しかも、入った会社はよりによって外資系企業。英語が話せなかった金田氏は、仕事でもチャンスを得られない状況が続いた。

「マーケティング部に配属されたのですが、同期4人中、英語が話せないのは僕だけでした。今考えると、なぜ配属されたのかが不思議です。結局、そんな状況が何年も続きました」

 しかし、29歳のときに副社長補佐という役職についたことで、金田氏の状況は一変する。アメリカ人の社長に、営業報告をするという業務を命じられたのだ。

「これもうそみたいな話なのですが、副社長は、まさか僕が英語を話せないとは思っていなかったんです。もはや誤採用ですよね。しかし命じられたからには、やらないわけにはいきません。5分間の業務報告のために、2時間かけてスプリクトを作成しました。わからないときのために『社長に確認します』という文言も用意して、毎週、ものすごい緊張の中で副社長に報告していたんです」

 最初こそ、地獄のような時間に感じられた業務報告だったが、この出来事が金田氏の英語コンプレックスを克服するきっかけになる。