途上国支援のジレンマ
――実証実験的なアプローチを阻む「壁」

 では、税金が投入されている国際機関や、限られた寄付を資金源として運営している多くのNGOがどこまで実証実験的なアプローチを突き進められるのか。実は、ここに「壁」がある。というのも、実証実験というアプローチには失敗というリスクが常につきまとううえに、ランダム化比較実験を行うには多くの人的・金銭的資金が必要となるからだ。また、倫理的な問題を指摘する人もいる

 リスクについては、評判リスクと置き換えてもいいかもしれない。おそらく、大手のNGOや国際機関に寄付をしている方々からすれば、自分が託したお金で、何十人の人々にきれいな水を提供できたとか、へき地に学校が建設されて何百人に新たな教育の機会が与えられたとか、何千人分のワクチン接種代として使われて子どもの健康状態がよくなったとか、「失敗しない」支援を期待してしまうのが普通だろう。そういった期待感がある中、「学校を建設して、新たにオンライン教育を取り入れて授業の効率化を行いましたが、教育効果はありませんでした」ということになれば、もうこの団体には寄付しないと決めてしまうかもしれない。

 さらに、ランダム化比較実験というのは、より科学的、信憑性の高いデータを集める必要があるため、時には数千という多くのサンプル数のもと、中長期的に継続してデータを集めなければならない。その結果、予算として、数千万円、場合によっては億単位の資金が必要となることがあるのだ。上の議論と似ているが、この数千万円を実験ではなく、井戸を掘って水へのアクセスを向上させるとか、確実に効果があることに使うべきだというもっともな意見も出てくるのだ。

 さらに、介入しない人々(コントロール群)の存在を前提とすることを非倫理的だと指摘する人もいる。目の前に支援が必要な人がいるのに、ある人には支援を行い、その他の人には支援を行わないというのは許されるべきでないという。それがたとえ、実証実験の後に支援を行うとしても[5]

コペルニクの新たなアプローチ(1)
解決策の横展開でコレクティブ・インパクトを

 2012年にダイヤモンド・オンラインで「世界を巻き込む途上国ビジネス」という連載の機会をいただいた際(後に加筆して書籍化)、私自身の国連での仕事と、コペルニクの初期の方向性などを共有した。あれから7年が経ち、コペルニクという団体も「途上国の課題を解決するためにはどういったやり方がいいのか」を常に自問自答しながら活動の方向性の微調整を行ってきた

 連載当時は、主にシンプルなテクノロジーをラストマイル(途上国の中でも、最も支援が届きにくい地域)に届けつつ、日本内外の企業とパートナーシップを組み、途上国の課題を解決しつつビジネスにつながるよう支援を行っていた。だが、2つのきっかけで新しい方向へと踏み出した。

 1つめの転機が訪れたのは、2015年ごろだ。ノルウェーのあるインパクト投資(投資を通じて経済的なリターンだけでなく、社会的課題の解決を目指すこと)機関から、コペルニクが行っているラストマイルにテクノロジーを届ける活動を、彼らの投資先を通じて、つまりコペルニクを通さずに、そのままインドネシアの別の場所で行いたいというコンタクトがあったのだ。当初は、どう対応すればよいのか迷ったが、よく考えてみると、貧困削減という公共性の高い活動を行う団体としては、これほど嬉しい申し出はない、という結論に達した。「模倣は最高の賞賛」ともいわれるが、競争という観念とはあまり親和性がないソーシャル・セクターでは、効率的だと思われるアプローチを他の団体が模倣することで解決策が広がってくれることこそが、最終的にはコレクティブ・インパクト(個別にアプローチするだけでは解けない複雑な社会課題を、行政、企業、NPOなどの立場の違う組織が手を組み解決していくこと)をもたらすと考えたからだ。

 その後、国連機関や、国際NGOからも同じような話をいただき、ミャンマーでソーラーライトや調理用コンロなどのシンプルなテクノロジーをラストマイルに届けるプロジェクトのデザインにもかかわった[6]。当初は模倣してもらうなどまったく意図していなかったが、同じ思いを持った他の団体が、コペルニクのアプローチを横展開してくれることで生まれるインパクトにとても大きなポテンシャルを感じた。我々の規模とは何十倍・何百倍も差があるが、腸内寄生虫の駆虫剤の配布の例で、ケニアの小さいプロジェクトが数か国の政府が行う大規模支援に成長していった流れと共通点があると思っている。

[5]https://behavioralscientist.org/rcts-are-not-always-the-answer/
[6]https://www.mm.undp.org/content/myanmar/en/home/presscenter/pressreleases/2015/06/10/affordable-technology-innovations-for-rural-communities-initiative-kicks-off-in-myanmar-.html