台風が来ても社員の早退を許さず、親が入院しても休暇を認めない。業務命令で研修に行かせたのに欠勤扱いを強要した上、研修費用は社員に自腹で払わせる。こんなパワハラ役員の横暴ぶりに嫌気した社員が、ついに一撃を食らわせることに……。(特定社会保険労務士 石川弘子)
50代の社長と弟の常務が20年前に創業した、従業員数30名ほどの金属加工会社。社長はおおらかな性格な上にカリスマ性があるため、従業員に好かれている。一方、管理部門を仕切る常務は、感情的でパワハラ気質があるので、人望がない。
登場人物
岩井常務:社長の弟で、50代半ばの独身男性。兄である社長と一緒にL社を立ち上げた。自身は管理部門を統括している。独善的で気分屋なので、周囲からは疎まれている。
山田一郎:30代半ばの男性社員。以前は大手企業で営業をしていたが、簿記の資格を取って約3ヵ月前にL社の経理に転職してきた。真面目で穏やかな性格。
上村良子:40代前半の独身女性。高齢で1人暮らしの母親が心配で、前職を辞めて実家に戻ってきた。約2週間前にL社の経理に入社。物静かで優しい性格。
台風が来ても早退を認めない
時代錯誤の常務
「常務、今日の午後は台風の影響で電車も止まるようです。社員たちを早退させたらどうでしょうか?」
台風が接近していた日の朝、経理の山田は、常務の岩井にそう提言した。同僚の上村が「電車が止まると家に帰れない。同居している母親が心配だ」と話すのを聞いていたからだ。
だが、常務は不機嫌な顔を隠そうともせず、「台風くらいで、いちいち早退させる会社がどこにある!」と一蹴した。
山田は「やっぱりな……」と心の中で苦笑した。
山田は前職の営業から経理にキャリアチェンジするべく簿記の資格を取り、念願かなって約3ヵ月前、L社に経理として採用された。
当初は未経験の自分を採用してくれたL社で頑張ろうと意気揚々としていた。しかし、担当役員である常務は、感情が高ぶると、従業員に対して「アホ」「頭がおかしい」などの暴言を吐くので、山田はウンザリしていた。
「あのな、台風くらいで早退を認めたら会社の経営が成り立たないだろ!もっと会社側の立場で発言するようにしてくれよ!」
常務は吐き捨てるように言って、部屋を出て行った。
「山田さん、すみません。私が余計なこと言ったから……」
2人のやり取りを見ていた上村が申し訳なさそうに言った。上村は約2週間前に入社したばかりの女性社員。前職でも経理をしていたが、1人っ子のため、母親が住む実家に引っ越し、それに伴いL社に転職してきた。
「いいんですよ。それにしても、企業の安全配慮やコンプライアンスがこれだけ叫ばれているのに、常務は全く時代遅れだな」と、山田は肩を落とした。
結局、その日は電車が止まってしまい、上村は何とかタクシーを捕まえて、タクシー代を自腹で払って帰宅した。