iPad pro

Apple iPad Pro

 アドビは11月4日からの3日間、ロサンゼルスでクリエイティブの祭典「Adobe MAX」を開催。大きく注目を集めたのは、iPad向けソフトウェアでした。

 アドビは2018年のAdobe MAXで、iPad向けPhotoshopと、新しい絵画ツールFrescoを開発していることを明らかにし、そのデモを実施しました。昨年のデモ段階で、Photoshop形式(PSD)ファイルをiPadで開くことができ、1ピクセルまで一気に迫れるズーム機能や、膨大なレイヤーを用いた作業などを実現しており、驚きを与えました。

 その正式版が今年のAdobe MAXに合わせてリリースされました。

 Photoshopはアドビの中でも古い部類に入る画像編集アプリで、すでに30年の歴史があります。秘伝のタレのように注ぎ足しながら拡張してきたアプリを、そのままiPadに移植することはできませんでした。

 そこでコアから新世代のアプリとして再構築し、なんと250MBという非常に小さなサイズと、クラウドでファイルを管理する仕組みを取り入れた、デスクトップとiPadで共通のコアを持つ新生Photoshopを作りあげました。

 実際、iPad版のPhotoshopにはデスクトップ版から欠落した機能があります。将来的には、フルバージョンとして利用できるようにするゴールがあるそうです。ただし、デスクトップとタブレットでは、同じPhotoshopでも取り組む作業が異なるため、完全に同じだから良いわけでもありません。

 何しろアプリサイズがまだ250MBですから、機能を追加する余地は大いにある、ということです。

●IllustratorにもiPad版

 2019年のAdobe MAXで驚かされたのは、Photohsopより古い歴史を持つIllustratorも、iPad版を開発中であることが明らかになった点でした。

 Illustratorはパスと呼ばれる自在に編集できる線や、テキストを配置し、紙のレイアウトや、イラストを作成するためのアプリケーションです。ポスターや書籍の表紙などに多く使われていて、ロゴ作成などを含む、より精密なデザイン作業には欠かせないツールでした。

 iPad向けIllustratorでは、カメラで取り込んだ紙のスケッチから、精密で編集可能な曲線を読み取る機能を備えるなど、iPadならではの活用方法が示されました。手書きスケッチの精密なデジタル化に、会場にいるクリエイターから驚きと歓喜の声が上がったのが印象的です。

 アドビは各製品に「Adobe Sensei」とブランドされた機械学習を生かした機能を展開しています。そのゴールは、時間を膨大に消費していた「タスク」を瞬時に済ませ、よりクリエイティブな作業に時間が避けるようにすることで、近年クリエイターから熱い支持を得てきました。

 iPad版のIllustratorでも、その要素を色濃く反映しており、パスの精密な抽出のほか、簡単にパターンのデザインを作成できる機能のデモが注目を集めました。

●ARワークフローを確立

 もう1つ、iPadについて注目したいのがARです。アドビはビデオ編集系のアプリでVRをカバーし、デスクトップのPhotoshopなどでも3Dを扱えるようにしていますが、いま力を入れているのはむしろARの編集環境の構築です。

 アドビは昨年Dementionという3D編集ツールを用意し、今年はAdobe AeroというAR空間での体験デザインをするツールの正式版をリリースしました。しかも、iPadやiPhone向けアプリが用意され、実際にARを体験するデバイスの中でデザインを行うことができるようにしたのです。

 iPadはアドビにとって、ARデザインのツールとしての重要度が高いのではないでしょうか。

 たとえば、Photoshopでレイヤーつきのイラストを手書きするとします。これをAdobe Aeroで呼び出せば、目の前の空間に自分のイラストをすぐに配置できます。

 さらに、タップなどのアクションで動きをつけることもできます。たとえば自分で描いたチョウを画面の中で合成して飛ばす程度であれば、2分で実現できてしまいます。しかも、それをメッセージやAirDropで友人に共有することも。AR体験のデザインが、一挙に身近でカジュアルなものへと変化した瞬間が、今回のAdobe MAXだった、と振り返ることができます。

●iPad Proは台風の目に

 アップルの2019年第4四半期決算では、iPadが前年同期比約17%の成長を遂げました。中でも好調だったのがiPad Proで、こちらも前年同期比17%の成長をしていることが明らかになりました。

 iPadOSの登場によって、PCの代替になりうるとの認識が広がったことから、よりハイエンドなiPad Proへの注目が集まったと考えられます。そして、Adobe Photoshopの登場とIllustratorのアナウンスによって、iPad Proへの注目は継続、あるいはより高まることが予想できます。

 iPadにとって、アドビ製品はマイクロソフト製品とともに、iPadを使う動機を作り出す非常に重要なパートナーと言えます。

 これまでのアドビのiPad向けアプリは、iPhone向けも含め、補助的なツールとしてリリースされてきました。しかしアップルがiPadOSを登場させた2019年、これに呼応するように、補助ツールではない、リアルなPhotoshopが登場したことで、iPad自体もまた、クリエイティブ作業の中での主要ツールとして、ポジションを高めることができました。

 2019年、アップル自身の施策とともに、アドビの動きも含めて、iPadの転換点になった可能性があります。


matsu

筆者紹介――松村太郎

  1980年生まれ。ジャーナリスト・著者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。またビジネス・ブレークスルー大学で教鞭を執る。モバイル・ソーシャルのテクノロジーとライフスタイルについて取材活動をする傍ら、キャスタリア株式会社で、「ソーシャルラーニング」のプラットフォーム開発を行なっている。

公式ブログ TAROSITE.NET
Twitterアカウント @taromatsumura