40歳を目前にして会社を辞め、一生懸命生きることをやめた韓国人著者のエッセイが、日韓で累計40万部のベストセラーとなっている。その本のタイトルは、『あやうく一生懸命生きるところだった』。2020年の「日本タイトルだけ大賞」で大賞を受賞したインパクトあるタイトルに加え、その内容にも「心が軽くなった」「読んで救われた」「人生のモヤモヤが晴れた」と共感・絶賛の声が相次いでいる。精神科医、心理カウンセラーなども絶賛しており、最近では「メンタル本大賞」にもノミネートされている。今年1月には、待望の続編『今日も言い訳しながら生きてます』も発売となった本書から、今回は人生を面白くするコツについて触れた項目の一部を紹介していく。(こちらは2020年1月6日付け記事を再構成したものです)

人生をつまらなくする「とりあえず検索」の習慣

「まずは当たって砕けろだ。失敗したときは後悔すればよし」――ドラマ『孤独のグルメ』より

 食事する店を選ぶのにここまで思い詰めるなんて、思わずクスリとしてしまう。食べることを至上の喜びとする『孤独のグルメ』の主人公・井之頭五郎は、仕事柄、さまざまな土地におもむいては自分を満足させてくれる食堂を感覚だけで探し出す。とりあえずスマートフォンで検索する僕らとは、まったく違うアプローチだ。

 だからこそ五郎の食堂探訪にひかれる。評価が高く、失敗の少なそうな店を選ぶのではなく、個人の好みや瞬間のときめきに従うのがこのドラマ(漫画)の魅力だ。失敗してもかまわないと腹をくくり、自身の感覚と眼識、嗜好を信じる――。たかが食堂一つを選ぶのにだって、とてつもない勇気が必要なのだ。

「今日は隣町に行くから、うまい店を検索しておかなくちゃ」
「この映画、面白いのかなあ。映画評はどんな感じかな?」
「このレストラン、いい感じだけどネットにレビューがないな。だったら評価の高いこっちにしよう」

 検索すればたくさんのレビューに触れられる世の中だ。確かに便利だし、失敗もうんと少なくなった。しかし、失敗が減った分だけ、楽しみも減ったような気がする。自分が選ぶ楽しさ、未知のことが教えてくれる楽しさのことだ。

 タイトルとポスターに一目惚れして、勢いだけで映画館で鑑賞した映画の数々。初めての町をぶらぶら歩き、地味ながらも端正な看板にひかれて入った立ち飲み屋。内容もわからないまま、装丁が気に入って手にした見知らぬ作家の本。

 結果的に最高の選択ではなかったとしても、そうやって選んだものはひときわ記憶に残り、ほっこりさせてくれる。そこには無謀かつ危険なものへの憧れと、自分の選択を信じて失敗もいとわない勇気があった。失敗する確率も高いが、成功したときの達成感は大きい。誰に頼ったものでもない、完全に自分の感覚で選んだものだからだ。

“孤独の失敗家”の道を歩もう

 みんなが良いというものは、はたして自分にとっても良いものなのだろうか? 確かに失敗する確率は低い。少なくとも中の上くらいではあるだろう。しかし、自分にしっくりくるかというと難しい。それどころか最近は、他人のおすすめで選んだ結果、自分の好みが世間とかけ離れている事実を知り、人の好みは十人十色なんだなあと悟ることも少なくない。

 それでも僕らは検索する。失敗したくないから。自分にピッタリのものを探して無鉄砲にチャレンジするよりも、失敗しないと検証された“中間以上”を選んでしまう。そうしてだんだん自分の感性が退化して、いつしか自分の選択を信じられなくなっていく。自分がどう感じたかよりも他人がどう感じたかが重要になり、選択権を他人にゆだねてしまう現代の僕ら。たった食堂1軒、映画の1本さえ、失敗を恐れ、勇気を出せないでいる。

 安全だと誘惑する他人の声に背を向け、自分の声だけに耳をすませた選択は、いわば“孤独の失敗家”の道だ。失敗する可能性もあるが、少なくとも誰かの言いなりとなる他人の人生は歩まずにすむ。大多数が一方向にどっと群がるとき、勇気を出して別の道を選べる人だけが自分の人生を生きられるのだ。

 失敗してもいい。失敗したときは後悔すればいいだけだ。きっと、他人の言葉を信じて群れを成した人々も、後悔するのは同じだから。違うかな?

『孤独のグルメ』が教えてくれた「自分で選び、失敗する」ことの大切さとは?

 失敗を恐れずに“孤独の失敗家”になろう。特別なことじゃなくていい。五郎のように食堂を探すことから始めてみたらどうだろうか? “自分だけの人生”は、多くの失敗の上に出来上がるのだから。

(本原稿は、ハ・ワン著、岡崎暢子訳『あやうく一生懸命生きるところだった』からの抜粋です)

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ハ・ワン
イラストレーター、作家
1ウォンでも多く稼ぎたいと、会社勤めとイラストレーターのダブルワークに奔走していたある日、「こんなに一生懸命生きているのに、自分の人生はなんでこうも冴えないんだ」と、やりきれない気持ちが限界に達し、40歳を目前にして何のプランもないまま会社を辞める。フリーのイラストレーターとなったが、仕事のオファーはなく、さらには絵を描くこと自体それほど好きでもないという決定的な事実に気づく。以降、ごろごろしてはビールを飲むことだけが日課になった。特技は、何かと言い訳をつけて仕事を断ること、貯金の食い潰し、昼ビール堪能など。書籍へのイラスト提供や、自作の絵本も1冊あるが、詳細は公表していない。自身初のエッセイ『あやうく一生懸命生きるところだった』が韓国で25万部、日本でも13万部超のベストセラーに。