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ESGという観点で
技術をとらえ直す

――研究員が自由闊達にテーマアップするのはウエルカムな一方で、経営者としてはコントロールが利かないというジレンマはありませんか。

ESGを経営戦略のど真ん中に据える 【後編】
 

 ですから、ESGを経営のど真ん中に据えているのです。そうすれば経営者はもちろん、研究員をはじめとするすべてのグループメンバーの目指す方向が同じになります。つまりESGで物事をとらえると、花王がこれまでやってきた「清潔・美・健康」という事業領域を深めて進化させるだけでなく、たとえばその境界に「衛生」といった新たな領域が見えてくるのです。

 ちなみに、その衛生領域にある一つのテーマが「感染症予防」です。インフルエンザは、ワクチン接種や手洗い、うがい、マスクで予防していますが、感染メカニズムを考えれば、これまでと違うところに予防のヒントが生まれます。ウイルスは手や空気から口の中に入り、喉の細胞に付着して一気に体内に増殖し、せきをすれば外に感染を広げます。そこで花王では、喉の細胞に達する前に粘膜の繊毛運動や唾液を使って喉ケアをするという予防法に着目し、新製品を発表しました。それはけっして薬の世界の話ではなく、花王がこれまで培ってきた界面化学、つまり物と接する部分をいかに制御するかという技術が活きるのです。

 このようにESGという観点で我々の技術をとらえ直せば、基礎研究の骨格を変えることなく新たな領域が広がっていきます。日本企業の本来の強さは「重要な技術の根幹がぶれない」ことにありますが、こうした「ぶれない」という点は、トップの資質においても最も肝要な部分だと思います。

――そこで伺いたいのは、他社との協創によるオープンイノベーションと、独自で進める自前主義とのバランスについてです。

 その答えは極めてシンプルです。入り口の部分、つまり技術革新を成し遂げるまでは基本的には自前でやります。それは、自分でやらなければ、技術の良し悪しや課題がわからないからです。それができていれば他社の違う技術を持ってきても連携でき、それらのよさを組み合わせ新たなイノベーションへとつなげられます。それゆえ、技術革新は絶対に自分でやらなければなりません。

 ですが、出口に関してはそうではありません。むしろ自前でやりすぎると、小さな出口しか見えないことが多い。昔のようにマス製品だけをやっていればいい時代は、製品当たりの市場が大きいから、出口も自前でやる意味がありました。でもいまは、ワン・トゥ・ワンに近いパーソナライズ時代です。せっかく育てた技術を小さな出口だけに使うのではもったいない。だからこそ、入り口は自前、出口はオープンにするのです。それで我々の技術が真似られることがあったとしても、むしろその技術が環境や社会に貢献したり、世界を変えたりできるなら、よしとしよう。それぐらいの広い心でやっていこう。そう考えています。

ESG経営を加速させる
新たな用途開発

――進化を続ける花王の技術イノベーションの成果の一つが、バイオIOSを活用して今春発売されたアタックZEROです。ただし、30年前に初めて「アタック」を発売した時と比べると、爆発的なヒット感がありません。「花王史上最高の液体洗剤」と謳っているのに、生活者にうまく伝わっていない理由があるとすれば、それはなぜでしょうか。

 コンパクト洗剤のアタックを発売したのは1987年。32年経って、世の中も大きく変わりました。この間に洗剤は粉末から液体にシフトしましたし、洗濯機も進化しました。しかし一番大きな変化は、洗濯の「目的」が変わったことです。頑固な汚れを落とすことから、匂いを落とすことに目的が変化しました。いまは日常的にドロドロに汚れることはほとんどありません。それよりも、ライフスタイルの変化によって部屋干しが増えたことで、匂いに敏感になりました。

 実は、汚れを落とす最高の洗剤は、粉末です。なぜなら、粉末にはアルカリ剤を使えるからです。アルカリ剤は、洗浄力を弱める原因となる水道水に含まれるカルシウム成分を中和する作用を持ちます。半面、アルカリ剤は刺激が強く、扱いが難しい。それゆえ、アルカリ剤を液体に入れることは厳禁だったのです。そしてもう一つの大きなポイントは、汚れを落とす役割を果たす酵素にあります。粉末ではその力を存分に発揮する酵素も、水に入れると死活(死滅状態のように活性化しないこと)してしまう。こうした2つの理由から、液体洗剤の洗浄力はどうしても弱かったのです。

 ところが界面活性剤の技術進化と、水に入れても死活しない酵素が開発されたことで、液体洗剤の洗浄力が粉末に追い付いてきました。つまり、他社を含めて液体洗剤のレベル自体が上がってきたというのが背景にあります。それが、32年前の粉末のアタックほど爆発的なヒット感がない原因かもしれません。また、見た目にもわかりやすいコンパクト化がある程度進んでいるのも、原因の一つかと思います。

 でも使い続けていただければ、アタックZEROの界面活性剤のすごさを実感してもらえます。洗えば洗うほど効果があって、匂いも汚れも完全に繊維から落としますし、柔軟剤を使えばタオルもどんどん膨れて、新品のようにフワフワに生まれ変わります。