大相撲や選抜野球に自粛を促す人々が「痛み」を共有しない違和感
世の中に「自粛」を促す人々は、その痛みを共有しているのだろうか(写真はイメージです)  Photo:PIXTA

大相撲、プロ野球、春の選抜、R-1
自粛が相次ぐ停滞感を変えるには

 新型コロナウイルス対策として、連日異様な雰囲気で無観客試合が行われる、大相撲の春場所やプロ野球のオープン戦。3月19日からの春の選抜は、無観客試合から一転、中止になりました。

 自粛ムードの中とはいえ、アスリートの場合、無観客でも試合は行うべきということは理解できます。プロはそもそもそれが仕事だし、本場所や開幕に向けて厳しい練習や調整を続けているわけで、試合ができなければ努力が無駄になってしまいます。

 それだけではありません。プロ野球のように長いペナントレースに向け徐々に調子を上げていくプロセスが止められてしまったら、コロナ終息後に急に「いい試合をしろ」といわれても、それは無理なわけです。

 とはいえ、無観客だと観ているほうの気分は盛り上がらないものです。当事者のアスリートたちにとっても、この状況はつらいでしょう。

 無観客で開催されたお笑いのR-1ぐらんぷりも、その意味でつらかった。経済評論家の立場で業界全体に提言したいのですが、スポーツもエンタメもコロナで気持ちが落ち込んだ国民を少しでも元気にするために放送されるべきであり、主催者やテレビ局は、もっと楽しさを伝えるほうに振り切って放送すべきではないかと思います。

 R-1ぐらんぷりを例にとって、改善案を提案しましょう。アメリカの1970年代のコメディドラマに使われた「ラフトラック」という手法があります。コメディのオチの部分に観客の笑い声が聞こえるアレです。あれをネタに合わせて、大音量で入れてみてはどうでしょうか。