不朽
 西武グループで不動産やホテル、観光事業を手掛ける国土計画(後にコクド)は、一方でグループの持ち株会社という役割を有していた。上場企業である西武鉄道や、プリンスホテルをはじめとする約70社の大株主として、国土計画は実質的に西武グループ全体を支配する構造をつくり上げていた。そして、その国土計画のオーナーが創業家である堤家である。

 西武グループを1代で築き上げた堤康次郎が1964年に死去した際、後継者に指名されたのは、異母兄の堤清二でなく、三男の堤義明(1934年5月29日~)だった。

 堤は、父の死後10年は康次郎の遺した事業をそのまま引き継ぐのみで、経営者としては鳴りを潜めていたが(康次郎の“遺言”だったとされる)、70年代半ばから独自色を打ち出し始める。「週刊ダイヤモンド」77年5月14日号に掲載されたインタビューでは、そんな注目の若手経営者(当時42歳)の来歴に迫っている。

 このインタビューの翌年、プロ野球のクラウンライターライオンズを買収し、名称を西武ライオンズに変更してオーナーに就任、西武グループの知名度を一気に全国区に引き上げた。スキー場やゴルフ場を核としたリゾート開発や、都市型の大型ホテルやリゾートホテルを次々に開業させ、康次郎が遺した西武王国をより強大なものに育て上げたのである。

 インタビューからは、こうした“快進撃”が始まる直前の意気込みが伝わってくる。「西武集団を三菱のような事業集団にしたいというのが一つの夢ですね」というせりふが印象的だ。

 しかし、90年代のバブル崩壊後の地価下落やライフスタイルの変化の中、西武グループは資産の減少と事業不振が顕著になっていく。さらに2004年には西武鉄道の総会屋への利益供与事件や有価証券報告書への虚偽記載が発覚し、義明は証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載、インサイダー取引)の疑いで東京地検特捜部に逮捕され、有罪判決を受けることになる。

 これらの結果、義明は西武グループの全株式の売却を余儀なくされ、堤一族による西武グループの支配構造も現在は完全に失われてしまった。(敬称略)(ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)

土地を価値あるものに
開発していく勉強をしてきた

――国土計画という名前は新聞のスポーツ欄でしかお目にかかることがありませんが、何をやっている会社ですか。

1977年5月14日号
1977年5月14日号より 拡大画像表示

 発祥を言いますと、昔、箱根土地という会社が西武鉄道の再建を引き受けたんです。再建させて武蔵野鉄道と合併しまして、そういう経緯があって国土計画にいた人たちが西武鉄道の方へ大勢出ていってます。

 昔は不動産経営だったんですが、現在は苗場スキー場とか、今年ワールドカップやって話題になった富良野スキー場とか、軽井沢72ゴルフのようなゴルフ場、大磯ロングビーチなどの水泳プール、箱根園、それからホテルですね、そういう観光事業の経営がいまは主になっています。

 売上高で言えば、一つ一つ小企業の方ですけど、それぞれの観光分野ではお客さまにかなり評価を頂いている。理想を言えば、苗場のようなスキー場を全国に10カ所造りたいけど山がないんですよ。いま富良野は苗場と同じようなものを造る。東北にも1カ所、雫石に考えている。妙高高原もこれは全部私のところでしているわけじゃなく、一部を受け持っていますが、総体的に見て苗場みたいな形に切り替えていきたい。

――これからも観光事業中心で。